二つのコーヒーと紅茶に湯気が昇り、目の前のケーキをつつこうとしていたフォークは寸での所で止まった。
「てめぇら未来を知ってるそうじゃねぇか、あーん?」
ハンカチで額の汗を拭いながら歩いている人たちを悠々と見ていたも首を跡部に巡らせ、「何でそんな事知ってるの」と問えば、
跡部が隣で仏頂面をして座っている手塚を見、三人の視線が集まった手塚は居心地が悪そうに咳払いを零す。
手塚ァアアアッ!
フォークを折らん勢いで握り締めたに手塚が「すまない」と言い、
何でそんな事手塚に喋ってるのとに言われたは、自分を庇おうとするあまりポロッと口を滑らせた。
「それは・・・その、周助君が喋っちゃって」
しまったとが両手で口元を押さえる前に「いつ不二にバレたの」と問い詰められ、あからさまな動揺を示す彼女は、ある意味口で物を言うより正直だ。
自分が誤魔化しの下手な部類の人間だと言うのは彼女自身がよく知っているのだろう、ごにょごにょと言葉を濁しながら「こっちに来て、すぐ」と白状する。
「通りで不二とよくつるんでると思った。何で言わないかなぁ・・・」
「姉の沽券に関わると思って」
「へー、ふーん、そうなんだ。自分はとっくの昔にバレてた癖に人には怒った訳ね」
そう言われるから嫌だったんだ!は一瞬逃げ腰になったものの、「アンタみたいに大量にはバレてないもの!」と開き直った。
痛いところを突かれたが言葉に詰まり、「バレたのには変わりないでしょ!」と言い返して、互いにいがみ合うのを見ながら跡部はコーヒーをすする。
「そんな事はどうでもいいんだ。お前らを呼び出したのはそんなくだらねぇ話じゃねぇよ」
「くだらないって何よ!」と噛み付こうとしたの目の前に、資料と思しきものが突き出され、
瞬きした彼女が「何これ」と言うと、跡部は「合宿の資料だ」と机の上に広げた。
「7月27日より、選手全員を危機的状況に置き、極限状態での精神力を鍛える事を目的としたサバイバル合宿を行う」
聞き覚えのあるサバイバルの単語にぽかんとした表情をした二人が、「もしかしてドキサバ?」というと、
跡部は「てめぇらが何て呼んでるかは知らねぇが、聞き覚えはあるんだな?」と眉根を寄せる。
聞き覚えがあるもなにも、とはテニプリキャラと一緒にサバイバルを模擬体験したようなものだ。
「あるけど・・・」
「だったら話は早い。この遭難は計画されたものだ、知ってる人間が居るのはマズイんだよ」
「つまり参加するなと?」
「別にが行かないなら、私は参加しない方向でむしろお願いしますって感じだよ」と続けたに、跡部は気分を害したように「バカ」と罵る。
罵られる覚えのないは「バカって!」と心外したと言わんばかりの声を上げると、
はやれやれと首を横に振って、口端を引っ掛けたように持ち上げた。
「(好きな)女の子とドキドキサバイバルだよ?男としちゃぁこんなイベント逃せませんって、な、アホベ様!」
「てめぇはちょっと黙ってろ」
勝ち誇ったの態度におそらくイラッとしたのだろう跡部が地を這うような低い声を上げると、は「イ――ッだ」と舌を突き出す。
「仮マネのお前は参加しなくても不思議はねぇが、切原が参加しないとなると立海がゴチャゴチャうるせぇだろうが。
つまり、てめぇらもこっち側に入って協力しろっつってんだよ」
協力と言うと、つまり騙す側、もしくは知らないふりをしろと言う事なのだろう。
はともかく、嘘が滅法苦手なが顔を渋らせると、跡部はをあごで指す。
「コイツを野放しにする訳にはいかねぇだろう」
「最初の頃はともかく、今は立海メンバーも居るし私が居なくても大丈夫だと思うよ?」
是が非にでもドキドキサバイバルをしたい跡部がどう説得するか言葉を選んでいると、その様子を見ていたはチッチッチと指を振った。
「そんな説得の仕方じゃだめだよ、アホベ様」
の言葉に、「だったらてめぇがやってみろよ」と言う視線を向けた跡部の意を理解したは「姉ちゃん」と神妙な声を出す。
「比嘉中来るんだよ?祐ちゃんに会え「行く!」・・・こうやって説得するのさアホベ様」
確かに来る事にはなったが、釈然としないのはなぜだろう。
えっと、甲斐裕次郎君。裕次郎君、氷帝学園の跡部君
脳裏に浮かんだ光景に跡部がこれ以上ない程眉間に皺を寄せると、は「ただし」と言って資料を叩いた。
「こっちの条件を呑んでもらいます」
「条件?」
鸚鵡返しに尋ねた手塚に頷き返すと、「ピアノ一台用意して」と眩しい程の笑顔で要求を突きつける。
跡部が「バカかてめぇは」と言うと、「だってピアノ毎日弾かないと指が動かなくなるし」と口先を尖らせた。
「そりゃぁサバイバルする所にピアノがあるのはおかしいかも知れないけどさ、別にグランドピアノ用意しろって言ってる訳じゃないし。
怪しまれないように調律少し位狂ってても許すから、アップライトピアノ用意してよ」
「・・・」
「ちゃんの歌聞けるよ?」
チッと舌打ちした跡部が「てめぇらはどこのロッジ使うんだ」と合宿場のマップを広げると、
してやったりの顔をしたは地図に視線を落とす――説得は上手に越したことないよね
「姉ちゃんはどこのロッジがいい?」
と跡部の会話についていけてなかったがハッと我に返って地図を見ると、しばしの沈黙の後、そろって二人は同じロッジを指差した。
「「ここ」」
「あぁん?離れロッジじゃねぇか。管理小屋でもいいだろ」
「絶対ここがいい。これも要求のひとつって事で」
強引な言い分にいつもなら止めにはいるはずのも、同調して頷いている。
二人が指差したのは、海側のロッジから少し離れた所に二つだけポツンとあるロッジで、
跡部こそ知らないがその場所は比嘉中が滞在する事になる場所なのだ。
「・・・仕方ねぇ。要求は呑む。くれぐれも口滑らすんじゃねぇぞ」
跡部の視線は言うまでもなくに向いていて、やっぱバックレようかなぁなんて思っていた考えを先読みして釘を刺された。
「今回は青学の一年トリオも、顧問の孫達も、橘妹もいねぇんだ。逃げたらしょっ引いてでも連れてくからな」
「ヒィィイ!」
「・・・素直に一緒に行って欲しいって言えばいいのにねぇ」
【ドキドキサバイバル!?】
「にしても人多いねぇ」
「四十人近く居るからね」
ガヤガヤと賑わう客船の中で、サバイバル直前とは言え多少豪華すぎる食事を皿に盛った二人は、端の方に立って食べていた。
先ほど跡部の派手な乾杯も済んで、是非とも食事に集中したいところなのにそれもかなわない。
「私たちが知ってる未来と微妙に違うから、もしかしてと期待してたのに・・・」
「やっぱ居たねぇ、小日向と辻本」
しみじみと会話を交わした二人はため息を一つ。
「姉ちゃん、余裕ぶっこいてたら小日向にリョーマ掻っ攫われるよ」
「そう言うアンタこそ、女の子大好きな千石さんにはかっこうの的だよ」
「別にいいもん。千石さんが好きなのは切原さんの笑顔であって、あたしじゃないし」
「こっちこそ、私とリョーマは兄弟だもの」
沈黙が尾を引いて辛気臭い雰囲気になった後、やめやめと二人そろって口を開くと、「もっと明るい事考えようよ」とが提案した。
「ホラ、凛々とか祐ちゃん探そうよ!もしかしたら向こうも探してるかもよ!」
「そだね。また会えて嬉しいな」
食べ歩きは行儀悪いが、皿と箸を持ったまま移動していた二人は、
たまたまリョーマと桃城が小日向と辻本と話しているのを目撃し、複雑な表情をして通り過ぎようとした時、「お」と言う声に首を巡らせる。
「ちゃんや!久しぶりやなぁ!」
・・・何で?
「白石!ちゃんもおるで!」
「ホンマや」
「金ちゃんだァアア!」と興奮のあまり飛びつこうとするの襟を反射的に掴んだだったが、
ショックのあまり現状に呆然としていると、白石は手を伸ばし、の頭を撫でた。
「まだハゲてないで。よかったな」
「ギャァアアアアアアア!!!!」
断末魔に近いの悲鳴が船中に響き、選手達の注目を集める。
しかしショックでそんな事も目に入らないは、さっと頭を抱えて白石の手から逃げると、身を縮ませた。
「ハゲネタ禁止!心の傷をフォークでえぐるな!玉子焼きは塩より砂糖派だァアア!」
「つまり訳すと、心の傷に塩をぬるのはやめてくれ、だそうです」
平然と訳すと、半なき状態のをぽかんとした表情で見ていた白石は、ぷ、と噴出すと肩を揺らして笑い出す。
「もうホンマ最高やな。また会えて嬉しいでお二人さん」
「ワイはちゃんに会えた方が嬉しいで」
「金太郎、そう言う事は正直に言うもんやないで?それ言ったら俺かて越前さんに会えた方が嬉しいわ」
「私も金ちゃんに会えたの嬉しい」と喜ぶの傍らで明らかに逃げ腰のに、
白石は「越前さんは俺と金太郎に会えたの、どっちが嬉しい?」と聞くと、
はコンマの速さで叫ぶように答えた――「どっちも嬉しくない!」
「白石ぃ、お前嫌われとるで」
「何言うんや金太郎。嫌よ嫌よも好きのうちって言葉があるやろ?」
「嫌なもんは嫌じゃボケ!醸すぞッ!」
(醸す:麹(こうじ)を発酵させて、酒・醤油などをつくる。醸造する Yahoo辞書参)
「醸すって何や?」
「もやしもんってアニメがあってね、菌が見える男の子の話なんだけど、
それに出てくる菌が可愛くてさぁ〜、メッチャ可愛い声で“醸すぞ――ッ!”って言うのよ。
多分混乱のあまり何口走ってるかもわかんないんじゃない?そろそろ正気に戻ると思うよ」
の言葉通り、それから幾秒もせず正気に戻ったは、わなわなと体を震わせると「ニ゛ャ――!」と悲鳴を上げた。
「四天宝寺退散!アンタらと居るとマジろくな事がないんだッ!そもそも私は突っ込みであって、ボケ担当は!分かったか!?」
「何やもったいない事言ったらあかんで。そのボケの才能を活用せぇへんかったら笑いの髪様・・・ちごうた、神様が泣きよるで」
「おい、わざとだろ今の!
そんな才能いらんわッ!四天宝寺が来るなんて聞いてない!もう帰る――ッ!」
小日向と辻本が来ると言う未来が変わらないんなら、なんで面子が変わるんだ!そんなオプションいらんわッ!
わ――んと泣き出したを見て、金太郎が「落ち着かせんでええんか?」とに聞くと、「ほっといても助けが来るし」とステーキを頬張る。
「・・・四天宝寺中の白石だっけ?随分と親し気だね」――ホラ来た。よりにもよって一番性質が悪いのが
「立海大の幸村か、久しぶりやな。全国に間に合わんって聞いとったのに、随分早い復帰やないか」
「君みたいな虫をから追い払う必要があるからね」
その言葉にピンと来た白石が辺りを見回すと、明らかな敵意を数える――幸村を含め七人
「なんや、結構競争率高いやん」
「まずは君のポジションを確認しようか。友達かい?それとも・・・」
フフフと笑う幸村の目は笑ってない。
バチバチと火花が飛び散る中、助けを求めるようなの視線に、は「諦めろ」と微笑んだ。
「厄介なのに好かれる体質なんだよ」
「そんな体質いらんわッ!」
「好きやで」
あっさりと言った白石に、に向いていたが「は?」と間抜けな声を上げて彼を見て、予想外の展開に珍しくまで呆けている。
「お好み焼きをロマンに結びつける女の子なんて早々おらんしな、見てて飽きんのもあるけど、傍に置いときたいなぁとも思うし、それに」
色々かな。ここに居れて嬉しいって気持ちとか、出会った人たちの事とか。でも、誰の事って言われると…弟の、事
「俺の事思うて歌って欲しいって思うのは、立派な恋やん」
「・・・随分直球だね」
「うだうだ考えるより、行動して後悔した方が好きやしな」
「口下手だけれどいざとなったら直球な越前、変化球を投げる跡部、直球な俺。それからその他。
キャラはもう出尽くしてて今更お呼びじゃないんだ。パッとでのキャラが持っていける程世の中甘くないからね?」
「そう言う試合をひっくり返すから面白いんや。余裕かましとったら足元すくわれるで?」
「・・・へぇ、肝に銘じておくよ」
こ、怖い――ッ!
何でそこに跡部君が出てくるの、と聞く勇気もなく、そろそろとその場を離れたはご飯をかきこむように食べると、
驚きを通り越して興味津々に場を眺めていたを引きずって部屋へと戻った。
□
「揺れが酷くなってきたねぇ」
「ちゃんと荷物ビニールの中に入れた?海水で濡れるかもよ」
「OK、OK。準備万端!それにしてもどのタイミングで部屋から逃げるのが自然かなぁ?誰かが助けに来てくれるまで待ってる?」
例にもよって食事会での出来事を考える事を放棄したは、「そうだね。ぎりぎりまで待機してようか」と言って揺れる電灯を見上げる。
「小日向と辻本の所に助けに行くのは、海編だったら佐伯君に黒羽君。山編だったら桃城君に海堂君でしょう?
となればその他のキャラが来るとして、跡部君達はあからさま過ぎるから来ないと思うし、立海メンバーかリョーマ、千石君って所じゃない?」
「千石さんかぁ・・・来てくれたら嬉しいけど、今会いづらいなぁ」
「だね。それか誰も来なかったりして・・・立海の部屋ってここから遠かったでしょ?青学も山吹もどっちかって言うと小日向達に近いし」
シ――ンと沈黙が降りて、やっぱ自分達で逃げ出すべきかな?と言う雰囲気になった時、ことさら酷く船が揺れた。
「悩んでる暇ないって!とにかく出ようッ!」
荷物を引っつかんで出ようとした時、弾けるようにドアが開いて、との瞳に風に靡く金色の髪が見える。
「ぬーしてるばぁよ!さっさと逃げろ!」
「・・・凛々」
「だから言っただろ!くにひゃぁ(こいつら)トロイからもたついてるってッ」
「祐ちゃん・・・」
ドアに近い所に居たが、船の揺れでバランスを崩して倒れこみ、
「!」と叫んだの腕を駆け込んだ裕次郎が掴んで、「は凛に任せろ!」と叫んだ。
倒れたは、広い胸板に頬をぶつけて、力強い腕に抱きしめられる。
「わ」と驚いた声をあげた彼女を抱きとめた凛は「大丈夫かッ!」というと、吹き荒れる風に負けない位大きな声を上げた。
「やーはわんが守るッ!心配すんな!」
その光景を見ていた裕次郎は、「あぬひゃー(あいつ)わんの台詞全部取りやがって」と言うと、負けじとの腕を強く握る。
「男は背中で語れって言うだろ!」
「やかましい(うるさい)ッ!余裕こいてたら足すくわれるあんに!」
この暴風雨の中で喧嘩出来る辺りがさすが比嘉中とも言うべきか、
競うように船内を駆け抜ける二人に引っ張られるとは、くすぐったそうに微笑みあった。

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