ロッジは宍戸と鳳、丸井とジャッカル、天根と黒羽、佐伯と葵。
赤澤と観月、不二とジロー。柳沢と南、亜久津と千石。それに、跡部と樺地。幸村と言う部屋割りになったらしい。

「幸村君、一人部屋なんだ。寂しくない?」と尋ねた所、
笑顔で「が来てくれたら寂しくないよ」と切り返され、思わず言葉に詰まったに幸村は追い討ちをかけた。


「でも夜に来られると、期待しちゃうかな」



何の期待やねん・・・ッ!
これが忍足やら忍足なら(限定)全身全霊でツッコミを入れるのに、幸村のボケ(?)にはまだ免疫がついていない。
おまけに不二の次位にツッコミが入れにくいキャラの統計)なので、思わず固まってしまうと、幸村は「冗談だよ」と鈴がなるように微笑んだ。



「言ったろ。越前さんじゃなくと俺は「ギャァアアアアッ!」
何を言うかさっぱり検討はつかなかったものの、本能が警戒しろとサイレンを鳴り響かせて、逃げ腰になったが真っ赤になった両頬を押さえる。
「免疫が無いんですから止めて下さいッ!」と叫んだに、幸村は「俺もないけどね」と声を上げて笑うと、目元の涙を拭った。


「少しは元気になったみたいだな」
「・・・へ?」

「さっき、君もも泣きそうな顔をしてたから」


見られてたんだ
一瞬真顔に戻ったは、慌てて取り繕うように笑みを浮かべると「小日向さんも辻本さんも可愛いから」と無理やり明るく振舞う。

「男の子達はラッキーだなって思ったんですよ。可愛くて、料理の手際も凄くよかったし、
何より性格もよさそうだし・・・あんな子達とサバイバルなんてまさにドキドキサバイバルですよ」


うらやましいですね、と一瞬影を落とした彼女の表情に驚いた幸村が瞬く暇もなく、
瞬時ににこにこと笑ったは「さぁ!」と手を叩いて踵を返した――お仕事おしごとッ!

そのままパタパタと足音を立てて去っていった彼女の後姿を見ていた幸村の背中に「あの」と言う声がかかって、振り返った幸村の瞳に辻本が映る。
「何かお手伝いする事はありますか?」


視線を戻すと、彼女はもうどこかに走り去った後で、見える範囲にはいない。
何かが引っかかったような顔をした幸村だったが、辻本を振り返ると「ああ、お願いしようかな」と微笑んだ。




【自信】




「こんにちわ」
ゴソゴソと棚をあさっていた裕次郎が顔を上げると、入り口で声を上げたを見て、「やーか」と手を止め立ち上がった。


「どうした?」
「船で助けに来てくれたお礼を言いに来たのと、手伝いしようかなと思って。助けに来てくれてありがとう、嬉しかった」

「気にすんな。やーがトロイのはお見通しだ」


裕次郎の言葉に苦笑いを浮かべて、平古場君と木手君は?とロッジを見回したに、
「あぬひゃーらは海を調べに行った」と答えると、入って来いと手招きをする。

「お邪魔します」と足を踏み入れたは、改めてロッジの中を見渡した。


「普通はこれぐらいの広さなんだ。私たちの所はピアノがあるから、もっと狭く感じるよ」
「やったーはいなぐ(女)二人やけんいいあんに。わったーは男三人ばぁよ、こんだけ広くても息苦しいぜ」

「確かにね。あ、私こっち調べていい?」


裕次郎が探していた棚と反対側を指差したは、彼が頷くのを見ると、ダンボールを開けて中身を上から順番に取り出して行き、
彼女が背中を向けたのを見た裕次郎は、「やー、いいんか?」と主語無しに尋ねてきた。


「いいんかって何が?」
「わったーと居ったら、あぬひゃーらにぬーが言われるあんに」


噛み砕いた裕次郎の言葉を聞いて問われた事を理解したは、「ああ」と相槌を打つと、ダンボールから穴の開いたバケツを取り出す。
「気にしないで。私が好きで手伝いに来ただけだし、お礼を言いたかったのもあるけど、ただ向こうに居たくなかっただけだから」

明るい声音には似合わない内容に驚いた裕次郎が瞬くと、「ね。これ使えそうだよ」と水中眼鏡を取り出したが笑顔を向ける。

「あ、ああ。これがあれば魚獲りはだいぶ楽だな」
「でも食堂使わないなら、焼き魚と洗い位しか出来ないんじゃない?」

「わったーは自給自足には慣れてるしが(けど)、調理法とかは詳しくないからな。ほとんど洗いばぁよ」

だと思ったと笑ったは、「こっちは山に散策行ったりするだろうし、きのことかでよければ差し入れに来るね」と言って、
裕次郎が口を開く前に「あ」と言うと、言葉を続けた。


「大丈夫だよ。別にみんなの食料から持ってくる訳じゃないし、私が個人的に採取して、個人的に料理したのだったら別に問題ないでしょ?
でもまぁ木手君が知ったら怒るかも知れないから、祐ちゃんと平古場君が上手く言いくるめてね」

ダンボールの箱を閉めて、隣の荷物に移ったは「でもね」と言うと、首を巡らせて裕次郎を見る。

「別に無理して仲良くする必要はないと思うけどさ、いくら沖縄に近い環境だって言ったって、ここは沖縄じゃないでしょ。
意地を張るのは悪い事じゃないし、跡部君達と協力できないなら出来ないでいいけど、自分達だけだって思って追い詰められないでね

たいした事できないけど、私もも居るし、私たちも今回比嘉中が参加しててくれて凄く助かってるから、お互い様と言う事でよろしくしましょ」



跡部たちと角質が出来た比嘉中は、ルートによっては自力で島を脱出しようとして危ない目にあう話もある。

結果的にそれがきっかけで跡部たちと向き合う事が出来るのだが、
この物語の軸に居ない自分達が居ることで、少しでもクッションになれたらいいなと言う希望を込めて言うと、裕次郎は太陽のように笑った。


「やーの料理楽しみだ」
「・・・あんま期待しないでね。小日向さん達みたいに驚くような料理は作れないよ」

「ぬーでそこであぬひゃーらが出てくるんだ?」


首をかしげて尋ねた裕次郎の言葉に、は思わず口を押さえると「そうだね」と苦笑を零す。
意識しているのを悟られないように気をつけているのに、気が付いたら彼女達の事を考えている上に今みたいに零れたら大変だ。

気をつけなくちゃと自分に言い聞かせたは、荷物に向き直ると、裕次郎に聞こえないように小さくため息をついた。









なるべくロッジで時間を過ごして、小日向たちが目に入らない所に居ようと思っていただったが、
夕食後に跡部に呼び出され手塚への伝言を頼まれた。

比嘉中の面々が跡部に対して警戒しているのは彼も気づいているようで、出来るだけ事を荒立てずにすましたいらしい。

その旨を理解しているは、内心少々渋ったものの引き受けると、たまたま道中で会った幸村と一緒に山側のロッジへ向かっていた。


「暑いな。クーラーが欲しいとまでは言わないけど、うちわとか下敷きとかがあれば少し違うだろうにね」
「ホントだねぇ、でもさ、学校とかで皆が下敷きで仰いでるのに、扇子持ってきてる人とかいてさ、あれはうらやましかったなぁ」

「へぇ。俺のクラスにはそんな人居ないな・・・」


幸村がそう言うと、は「ジェネレーションギャップってヤツかなぁ」と重いため息をついて「でも」と顔を上げる。
「でも柳君とか扇子似合いそうだよね、後仁王君も」

「確かに。蓮二は実際持って居そうだな、帰りにでも聞いてみようか」
「こんな所に遭難するとは思ってなかっただろうし、さすがに今は持ってないんじゃないの?」


他愛ない会話をしながら笑っていると、ふと前に視線を向けたが足を止め、幸村も釣られるように止めると、彼女が見ている先を見た。

そこにはリョーマと、不安そうな表情の小日向が居て、
すぐに何の場面かが分かる自分が恨めしいと思う反面、知っていた事でショックも和らぐ自分が居る。


「何とかなるんじゃないの」
「でも・・・食べ物だって自分達で集めなくちゃいけないし、いつ救助が来るか分からないし・・・」


「まだまだだね」
「え?」


静かになったせいで、小さな声だが会話が聞こえて来、苦虫を噛むような顔をしたが瞳を揺らしてその光景を見ているのを、幸村は瞳に映した。


「俺達、出来るだけの事はやってる。だったら、後は助かるって思って頑張るしかないでしょ。皆だって居るんだし、そんなに心配する必要ない」
「うん・・・そうだね」

「そう言う事」


かすかに笑ったリョーマを見た瞬間、フライパンで頭を殴られたような衝撃を受けてが呆然としていると、リョーマがこちらに気づき、
彼の視線で小日向もまたこちらに気づいて、「こんばんわ」と言われた事にも反応を返せないの代わりに幸村が穏やかに答えた。

、こんな所で何してるの?」

何の気なしに尋ねたリョーマは、の動揺に気づいているのか居ないのか
どちらにしろ今の状況は変わらなくて、水分をなくした喉が引っ付きそうになりながら、は笑顔を貼り付けたように微笑んだ。


「跡部君に頼まれて手塚君に伝言を伝えに来たの。遅くなるといけないし、急ごうか幸村君」
「ああ、そうだな」


リョーマと幸村の視線が重なり、相変わらずとってつけたような笑みを浮かべてその場を去るについて幸村もその場を後にする。
彼らの視界から出た途端、口元を押さえて泣きそうな瞳をしたは、しばし言葉を無くしたものの、
「小日向さん不安だろうね」といつもどおりののほほんとした顔で幸村を見上げた。

「お父さん行方不明のままだし。私がそんな状況に置かれたら、取り乱してみんなの手伝いしようだなんて思わないだろうな」

それでも明らかに無理した笑みは、彼女の心だけでなく幸村の心まで痛めつけ、
思わず顔を歪めた幸村にも気づかず、何かしらを喋って気を紛らわそうとしているは言葉を続けた。


「天は二物を与えずって言うけどさ、持ってる人って結構居るし、持ってない人も居るよね。
特にこの世界はかっこよくてスポーツが出来て、勉強も出来る男の子一杯居るから、持ってないのが余計目立っちゃうって言うか・・・」


自嘲するような笑みを浮かべた彼女に、幸村は首を横に振る。


「持ってないと思ってる人は、気づいてないだけじゃないかな?
少なくとも俺に言わせてみれば、はいい所を一杯持ってると思うよ。

から見てみれば二物も三物も持ってる人でも、
彼らにとって見れば価値のあるものを君は持ってて、君の言葉に救われた人たちは多いだろうから」


思いつくままに喋った幸村の言葉に、突然拭い去るように笑顔を無くしたは、「そんな事ないよ」と小さな声で零した。

「私、スタイルも良くないし顔も可愛くないから、せめて性格位は可愛くあろうって勤めてるだけだもの。
それにきっと幸村君たちが思ってる程良い子じゃない。

会いたかった君たちに会えて良く見られたいから、自然に振舞ってるつもりでも、気が付いたら自分じゃない行動をしてる事が多いし」


感情のない彼女の表情は、今まで幸村が見てきたどの彼女とも違うもので
泣いてる姿は何度も見た事があったけれども、泣いていないのに絶望を見ているような横顔は、思わず我が目を疑ってしまいたくなる。

「この世界に来て、平面状に居た君たちが丸みを帯びていくような、ああ君たちも生きてるんだなって思った事は何度もあったの。
でも、あんなふうにヒロインキャラで作られた完璧な女の子見せられると、やっぱり自分は違うんだなって思い知らされるよね。

付け焼刃の私が敵う訳ないって言うか、そもそも敵おうとか思うことが無謀だ!」


遮るように名前を呼ばれて、はっと我に返ったは、自分が何を口走っていたかに気づくと顔を青くして、唇を震わせると「ごめ、んなさい」と謝った。
一歩二歩と後退さったは、地面に視線を落とすと瞳を揺らす。


「ごめん、思いっきり僻みだよね。リョーマと兄弟で居るって言ったのは私だもの、敵うとか敵わないとかの問題じゃないし・・・。
ここまで付き合ってくれてありがとう。私手塚君の所までは一人で行くから・・・少し、一人にさせて」

「醜い所見せちゃってごめんね」と最後に振り絞るように言ったが背中を見せて駆け出すのを瞳で追った幸村だったが、
ぎゅっと握り締めた手を解くと、勢い良く駆け出して彼女の腕を掴み、かき抱くように抱きしめた。


抱きしめられた彼女は驚きに目を見開いたものの、「離して」と身をよじり、幸村は逃がさないと言わんばかりに更に力を加えて抱きしめる。


「俺から見てみれば、君は眩しい位優しくて、それで居て弱くて・・・醜い嫉妬を抱く俺の手なんて届かないと思ってた。でも」



でも、あんなふうにヒロインキャラで作られた完璧な女の子見せられると、やっぱり自分は違うんだなって思い知らされるよね
君は怒るかな?嫉妬する君を見て、君もただ綺麗なだけの存在じゃないって思えたんだ。
もしかしたら、力いっぱい伸ばしたら俺の手も届くんじゃないか、と。

幸村は彼女の腰に手を回したまま体を離すと、そっと頬に手を走らせる。


「例え嫌いになれって言われたってなれないから、安心して君が醜いと思う部分を見せてくれていい。
ただそのたびに俺は君を近くに感じて、ますます好きになっちゃうかもしれないけど」


だから、無理に笑ったり、泣いたりしなくていいんだ
君のそう言う部分も全てひっくるめていとおしいと思う人間がここに居る事を忘れないで


「ありがとう、幸村君」

それを言えば彼女がまた無理に受け止めようとするのは分かっているから、幸村はその言葉を飲み込むと、体を離した。

「じゃぁ俺は先にロッジに戻るよ」
「うん」


幸村の言葉が届いたのか、取り繕ったような笑みを浮かべずに手を振ったと分かれて、
彼は元来た道を戻ると、依然先ほどと同じ場所に立っていたリョーマに「小日向さんは帰ったのかい?」と挑発するように尋ねる。

「そっちこそは?」
「一人になりたいって言われてね。
俺は一足先にロッジに戻ることにしたんだ。それにしても、随分と悪趣味な気の惹き方をするんだな、君は」


先ほどの小日向との会話を言っていると言う事は暗黙の了解で、
リョーマが「待ってるだけは性に合わないからね」と言うと、幸村は精悍な顔を歪めた。

「それで、彼女が傷ついてもかい?」
「何かを変えようとするのに、無傷で変えれる事はないんじゃない?」

疑問を疑問で返されて、幸村は髪を風に靡かせると、キッと目元を吊り上げる。


「元々君に譲る気なんて更々なかったけど、君がそう言う手で行くつもりなら、尚更彼女は渡せない」
「選ぶのはあんたじゃなくてでしょ」

真っ暗な闇を見ているような彼女の色の無い瞳が脳裏に浮かんで、幸村はぎゅっと眉根を寄せた。


「彼女が絶望の中に一人で居るなら、俺は同じ深みにおりて、傍に居る」

迷いの無い幸村がきっぱりと言い切るのを見たリョーマは、口角を持ち上げて「まだまだだね」というと、不適な笑みを浮かべて、帽子のつばを引いた。


「俺はそんな所に長々と居させるつもりはない。
例え今は傷つける事になったとしても、引っ張りあげて明るい場所に連れてくつもりだから」

「・・・随分勝手だな」


「人間なんて皆自分勝手でしょ。それに、自信があるからね
何があっても俺がの事好きでいる自信も、が俺の事を好きでいてくれる自信も・・・










最後は俺が幸せにする自信も」







アンタには無いの、と聞かれた幸村は、ふ、と瞳を伏せて微笑むと「相手にとって不足なしだな」と真っ直ぐリョーマを見、
リョーマは飄々とした態度で言い返す――「別に油断しててくれてもいいけど」

じゃぁ俺ロッジに戻るから
そういって背を向けたリョーマが去った後、月を見上げた幸村は目を細めた。



引っ張りあげて明るい場所に連れてくつもりだから



「手ごわい相手になりそうだ」