「へぇ、金太郎君は大阪から来たんだ。大阪弁だもんね」
金太郎の横を歩く小日向を横目で見て、下唇を噛んで俯く。やばいなー奥さん嫉妬の火が燃えてまっせ。
白石・金太郎ら大阪組は、知っている人がいないだろうということでが一緒に行くことになり、
赤也が「俺はと行くッス!」と言って聞かなかったので、大阪+立海()と、何故か小日向が一緒に散策に出かけた。
「嬉しい事も、悲しい事も含めて私たちが時間をかけて作ってきた信頼みたいなものをさ、たった一言で得ちゃうんだもん。ずるいよ」
「どげんした、」
「元気がありませんね。暑いんですか?」
二人の声にハッと顔を上げたが「うぅん、なーんにもないよ!」と笑顔で言ってみせる。
柳生はそれに笑顔で応え、真田達の居る前列に紛れた。
「、嘘はいかん」
「何が?仁王先輩なんか勘違いしてません?あたし何にも嘘とか吐いてませ「嘘吐いとる」・・・」
瞳を伏せたの頭をポンポンと撫で、「嘘はいかん」ともう一度繰り返す。
「わかります。・・・わかってますよ。嘘つけばみんなが心配してくれるのも、ちゃんと。
だから、あえて嘘吐いたって言っても、いいですか?」
気付いて欲しくて。でも、気付いて欲しくなくて。
だから、嘘吐いた。気付かなかったらそれで終わり。気付いたら助けてくれるかもしれない。
「俺たちはお前さんに感謝しちょる。
関東大会で準優勝じゃったときも、お前さんは俺たちのために泣いてくれた。
誰も言わんが、みんなわかっちょるんじゃ。俺たちにはそんな存在がないといかんかった。
じゃから、がしたいこと、することに誰も難癖つけたりせん。」
仁王は、人種が同じな気がして引け目を感じていた。
けれど、だからこそわかりあえることがあって、彼の鋭い観察力に助けられるときもある。
「何か言いたくなったらいいんしゃい」
背中がかっこよくて、飛びつきたい衝動は抑えたが、緩まる口元は抑えられそうになかった。
担当の区域に着き、は身体をフルフルさせて叫んだ――「さあ!張り切っていこう!」
柳が眉を寄せ「何をだ」と言ったが、の耳には届かず(聞く耳を持っていないともいう)、さっそく密林の中に紛れ込む。
「うをぉ!蛇だ蛇!あ、こっち蛙がいる!キャー蛙可愛いッ!」
乙女とは思えぬ言葉に全員が耳を疑い、赤也はすぐにそこに駆け付け「蛇どこだ!」と一緒になってはしゃぎだす。
「パパ!この蛙飼いたいんだけど!」
「誰がパパだ。蛙の飼育をしたいなら、ちゃんと勉強してからにしろ」
「真田のケチ!パパのバカ!確かに蛙の飼育は大変だけど!でもこの蛙メチャクチャキュートで可愛いじゃんか!
ほら、飼ってくれないと死んじゃうって目してる!」
「してない。逃がしてこい」
むっと拗ねたは今度は柳の元へ行って「ママ、コイツ飼っちゃダメ?ほらロザンヌ、お前もお願いしな」と言う。
いつの間に名前を付けたのか。それは置いておくとして、柳は「何で俺がママなんだ」と抗議する。
「え〜、だってゆっきーがいないんだもん。
ゆっきーがパパで真田がママでもいいけど、あたし真田がパパで柳がママっていう線も応援してるから!」
「しなくていい」
可愛らしく星を散りばめながら宣言したに真田がもう一度強く言い、「返してこい」との背中を押す。
「あぁ!もしかして!」と叫んだが真田の顔の前に蛙を押しつけ、にんまりと笑う。
「真田、蛙ちゃん苦手なんでしょ」
「バカ言うな。誰が・・・」
「じゃあホラ、ロザンヌ撫でてよ」
うっと詰まった真田を見て、微笑を濃くして「ほらほら」と押しつける。
見かねた柳が割って入り、「そこらへんにしておけ」との頭を軽く叩いた。
ぷぅっと頬を膨らませて、「じゃあね、ロザンヌ」と寂しそうに呟くと元の場所に返してくる。
そして今度は、赤也の番だった。
「見て下さい真田副部長!蛇ッス蛇!すっげーデカイッス!」
「お前達はッ!さっさと返してこい!」
「えぇ〜」
赤也も渋々と行った感じで、蛇を巻かせた棒を拾った場所に投げた。
小日向がくすくす笑いながら「仲がいいんですね」と笑い、赤也は頭を掻きながら複雑そうに「・・・まぁ」と言う。
二人が隣り合って立ってる姿にさえ怒りを覚え、自分の中の醜い感情が溢れ出していることに気付く。
このままじゃいけない、と柳の肩を叩いた。逃げちゃえばこっちの勝ちだ。
「あたし、先に戻っておくね。ちょっとアホベに用事あるから」
「あぁ。わかった」
少し怪訝な顔をしたのがわかったが、突っ込まずにいてくれたことに感謝してその場を逃げ出した。
【君の隣】
跡部の元へ行こうとロッジを見回していると、食堂に二つの影を見つける。このイベント、見た。
辻本と千石が並んで楽しそうに話しながら、散策をしていて、千石がここでこう言うんだ。
「うん、何もないね。時間が余っちゃったな。しょうがないから・・・」
わかりやすいアプローチ。でも典型的なヒロインの”天然”にスルーされてしまう。
「もう一回、ちゃんと言うよ。
俺はちゃんの笑顔をいつも見ていたい。君が好きだ」
一歩、また一歩と後退る。
ゲームだから。だってこれは、恋愛シュミレーションゲームって言って、この二人がヒロインで、千石さんや赤也を落として。
原作の内容も、もちろんゲームの内容もあたしたちの存在なんかで変えられるわけがない。
じゃあさ あたしたちの存在は 何なの?
不意にそう思った瞬間、自分の存在が無くなってしまうような気がして、恐くて悲鳴を上げそうになるのを必死に押さえる。
挫けそうな足を懸命に動かしながら、出来る限りの全力疾走で自分のロッジへ向かった。
ねえ、恐いの。
あたしの存在はいらなくて、そのヒロイン達の存在はいるの?
元の世界にあたしの存在はいらなくて、この世界にもあたしの存在はいらないとしたら――
恐くて、苦しくて、悲鳴を上げたくて。
「愛して欲しいとか言わないよ。
テニスの世界に行って、みんなのことちらっと見るだけでいいからさ」
元の世界でそんなことを言っていた自分が腹立たしい。
ホントはそんなことで満足出来ないくせにッ
このままじゃもっと気持ちが落ち込んでしまう。
顔でも洗ってこようと食堂に行くと、二人はもうおらず、替わりに裕太がいた。
「お前どうしたんだよ、その顔。・・・泣いてたのか?」
「単なるホームシックだよ」
「早いなお前」
笑った裕太に、微笑さえも出来ずに引きつった笑みを浮かべてしまう。
本当に心配そうな顔をして「どうしたんだよ」と顔を覗き込んでくる裕太に、今度は笑いながら「何にもないよ」と言ってみせる。
「何にもないけど。
裕太は、もし自分がこの世界でいらない存在だってわかったときに、どうする?」
「なんだよそれ。・・・難しいな。そうだなぁ、俺だったら俺のことを大切にしてくれてる人の元へ行く。
相談しなくても、いつも通りに話してても、きっとその人は分かってくれると思う、かな・・・?」
裕太の答えには苦しそうに笑い、「ありがとう」と返す。
「裕太に聞くの、正解だった」と、それだけ言って踵を返した――もうそろそろ全体で会議がある頃だし、顔を洗うのはもういいかな。
の背中を見送りながら、裕太はよくわからないと言ったふうに首を傾げた。
とにかく小日向を眼中に入れないように、と意識して会議が始まってから、小日向がいる方とは常に逆の方向を向いていた。
青学、小日向、その隣に立海でを挟んで四天宝寺で不動峰、氷帝。
手塚は全員の前に一人立ち、意見を聞きながら会議を進める。
さすが、跡部の認めた二人目のリーダーというかなんというか、会議の進め方は上手いとしか言いようがない。
そんな手塚でさえも、だけは抑えられなかった。
「ねー真田、前々から思ってたんだけど真田の帽子の下ってハゲてんの?」
「ハゲてない!馬鹿なことを言ってないで、会議に参加しろ!」
「ぶー。あ、そうだ手塚先輩。手塚先輩って竜崎先生とデキてるってホントですか?」
「切原、少し黙れ」
「手塚先輩がキレたー」と、ケラケラと笑ったかと思うと、机に伏せてぼやく。
「いいもん。どうせ誰もあたしの相手なんかしてくれないんだ!・・・つーか会議飽きた」
子供のように駄々をこね始めたに、柳生は「さん、私が相手してさしあげましょうか?」と言おうとするが、
は最後まで聴かずに「結構です」と切り捨てた。
「いいもんねー。あたしにはP・クリソゲヌムとか、A・オリゼーとか、いっぱい味方してくれる菌がいるもん」
「ちゃん、わいも味方やでぇ」
隣に座っていた金太郎がの裾を引っ張ると、は目に涙を溜めながら「金ちゃんは優しいねぇ」と金太郎の頭を撫でる。
「P・クリソゲヌムって何なん?」と尋ねた金太郎に、は真顔で「青カビ」と答え、金太郎は顔を強張らせた。
「だ、大丈夫やで、ちゃん!わい一生ちゃんの味方やから、青カビが味方とか言わんといてや!」
「金ちゃんッ!あたしも一生金ちゃんのみか「切原、黙れ」・・・へーい」
真田は不機嫌そうに眉を寄せ、他のみんなが笑っているのを見ては仕方なく黙ることにする。
それでも退屈なものは退屈で、手塚が「みんな、見つけた物を報告してくれ」という言葉を右から左に流す。
「暑い。暑くて溶けるぅ」
痺れを切らした手塚が、真田と柳に「少し大人しくさせてくれないか」と聴くと、柳は手持ちのノートを開く。
「こういう時のためにと、が対策を教えてくれた」
「三つあるんだが、一つ目はブン太に”お前俺にフォーリンラブ☆”と言わせる。
二つ目、真田にバレンタイン・キッス歌わせる。三つ目、幸村に笑顔で”、黙らないと・・・”と脅させる」
全員の視線が真田を捉え、柳はに「真田がバレンタイン・キッスを歌うそうだ」と真田の許可を得ずに言う。
パッと顔を明るくしたを確認して、手塚は「お前が会議中に黙って入れば、歌うそうだ」と脅す。
「うん!あたし大人しくしとく!」
丸く収まった、と手塚と柳は安堵し、真田は口を挟むこともできずに呆然としていた。
会議が終わった途端にに捕まった真田が、最初の方は嫌そうに、後の方はノリノリで歌っていたことは、
誰にも内緒の事実である。

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