「おーい、ジローくーん」
昼食の準備も済み、海側のメンバーはジロー以外全員食堂にそろっていた為、
おそらく昼寝しているであろう彼の捜索を引き受けたは、皆に先に昼食を取ってもらい合宿所内を捜索していた。
ちらりと海辺も探してみたものの、太陽の光を反射して熱くなった砂浜で昼寝はさすがに無理だろうし、海側のロッジにも見当たらない。
どちらかと言うと山側のロッジの方が日陰も多い事だし、
もしかしたらと思ったがふらり山側のロッジを歩き回っていると、事もあろうことにリョーマと小日向のイベントにまたもや遭遇してしまった。
食事の際の山側の点呼はに任せて居るし、確認もせずに来てしまったのはうかつだったか、と顔を歪めて立ち止まる。
その場で戻ってしまえばいいのに、縫い付けられたように足はその場から動いてくれず、勝手に彼らの声に耳を傾けてしまう身体が恨めしい。
「え?あ、越前君。どうしたの?」
「ん・・・・・・いや、なんかアンタ、元気ないみたいだったから」
「そ・・・そう?」と言って頬を触った小日向に、リョーマは軽く笑って目を細める。
「あんまり考えすぎない方がいい」
「え?」
「今は、これからどうするかって事だけ考えてたらいいんじゃない?」
リョーマの言葉にハッと目を開いた小日向がしばしの間黙り込むと、「うん、そうだね」と頷いて、
それを見たリョーマはポケットに手を突っ込むと不器用な笑みを浮かべた。
「何があっても、俺達が付いてる。あんま心配ばっかしないでよね」
その笑顔と言葉にズキッとの胸が悲鳴を上げて、声を出さないように口を両手で覆った彼女は息を呑むと、瞳を揺らす。
俺、アンタの事姉貴じゃないって知ってて、が好きだ
でもやっぱりリョーマが一番大切だから、リョーマの為なら何でも出来るよ
あの時言った事に嘘偽りはないし、
きっと今同じ事を問われても、一文字一句違えずに答える自信はある
でも、そう思う自分と同じくらい、心の中で叫ぶ自分が居るのだ――うそつき、と
ホントは好きな癖に、誰にも渡したくないくせに、リョーマを取っていこうとする小日向が嫌いな癖に
いい子なふりをして我慢して、うらやましいなんて言葉で片付けてる自分が大嫌い。
ねぇリョーマ、落ち込んだ子を慰めるのは彼氏の仕事だよ
す き な ひ と の た め に す る こ と だ よ
「平気」と言う言葉で蓋をしていた気持ちが、箍を外して怒涛のように溢れ出し、噛み締めた唇は血が滲みそうに痛んだ。
何が「リョーマの幸せの為なら我慢出来る」よ、嘘吐き、うそつき、ウソツキ
本当の恋は諦めようと思ったって諦められない
我慢なんか出来ないよ、今すぐ出て行って「リョーマに近づかないで」って言いたい、「リョーマを取らないで」って叫びたい
だって私は
私は
リョーマが好きだから・・・ッ
たどり着いた結論はやはりと言うべきか、見ない振りをしていたものを目の当たりにしたような気分で、
くるりと踵を返して歩き出したは早歩きでその場を去ると、ぎゅっと胸の前で手を握った。
自分勝手にも程がある
リョーマとは兄弟で居たいなんて言って断っておいて、今更やっぱり好きですなんて言えないよ
彼が新しい人を好きになるのを、違う誰かの所に行く事を私が責められるはずもない
「どうしたの?越前君」
「ん。何か小日向さん見てると、放って置けない気がしてさ・・・似てるからかもね」
ポツリと零したリョーマの言葉に小日向が「似てる?」と小首をかしげ、リョーマは彼女の姿を思い浮かべると、鮮やかな笑みを浮かべた。
「嘘が下手だからすぐ顔に出る癖に、本人は平気な振りしてるつもりでさ。
周りから見てると、平気だって言ってる割りには全然平気そうじゃないんだよね。
それでも自分の気持ちを人に言うのに慣れてないから、
言いたい事も、聞きたい事も聞かずに一人で突っ走って迷走した挙句、勝手に落ち込むから目が離せない」
会って二日弱、リョーマに対して抱いていたのは、不器用で口下手なイメージだったので、
こんなに長く話す姿も、優しく微笑む姿も想像出来なかった小日向が驚きに少し目を開き、
「越前君、その人が凄く大切なんだね」と苦笑いを零すと、リョーマは「まぁね」と綻ぶように微笑む。
「向こうが踏み出してくれるように頑張ってるつもりなんだけど、結構手ごわい。ライバルも多いし、一癖も二癖もある人ばかりだしね」
「凄いね。どんな人なの?」
まさかリョーマが彼の姉の事を言っているとは夢にも思わない小日向が尋ねると、
リョーマは照りつける太陽を見上げて「人間くさいかな」と一言で返した。
とりとめのないその表現に小日向が「人間くさい?」と鸚鵡返しに聞き返すと、彼はこくりと頷く。
「さっき言ったみたいに、凄く弱い。
でも周りの事をよく見て考えてて、何かあったら笑顔で手を差し伸べる優しさを持ってて、
全国の強豪に囲まれてると、皆個性が強いから素朴な所が良く栄える。多分皆、そう言う所に惹かれてるんじゃないかな――ようするに俺と正反対」
真っ直ぐ頂点を見て、その為には努力を惜しまなくて、自分に自信があって
いつだって周りの為に一生懸命で、その為には努力を惜しまなくて、自分の事なんて二の次で
私に無いものを、リョーマはたくさん持ってる
それを思ってるのは、俺も同じだよ
「ま。誰がどれだけ好きでも、好きな気持ちは負けないつもりだし、渡すつもりもないけどね」
【I wish you'll be happy】
誰かに会ったら面倒だし顔を洗わなくちゃ、と湧き水のある場所に行くと、探していたジローが木陰で眠っているのを発見した。
こんな所に居たんだ、どうりで見つからないはずだよ
頬を引きつらせたはとりあえず顔を洗って目元を冷やすと、ジローの傍らに腰を下ろして、まずは「ジロー君」と腕を掴み揺らしてみた。
反応が無い為「狸寝入りしてても今日は独り言言わないよ」と言ってみたものの、やはり返事が返ってこない。
そう思うとすっかり気が抜けてしまったは膝を抱えて座ると、景色を映す瞳を揺らして、小さな声で歌を紡いだ。
さわさわと流れる風が髪をなびかせて遥か高く舞い上がっていき、胸を鷲掴みされるような痛みに瞳を伏せる。
あんなに会いたくて、恋しくてこの世界に来れたのに
溢れる程募った想いに終止符を打った今更、こんなに好きだと言う事を思い知るなんて
本当はずっと、越前さんの気持ちを知っててもなお、好きで居れるような強い女の子になりたかった
そしたら、小日向に対してももっと自信を持てただろうに、
今さらまたそれを願う事はあまりにも自分勝手で、そんな醜い私が居る事をあなたに知られたくない、きっと弟よりも遠く距離が離れてしまうだろう。
でも
もしも越前さんの気持ちを知らずに、あなたに会う事が出来たなら
思うまま 願うまま 恋が出来たでしょうか
もしも、もしもまた生まれ変わる事が出来るなら
今度はあなたと同じ世界で あなたに恋をする女の子になりたい
途切れるように歌い終わって、膝に顔を押し付けたがぐすっと鼻を鳴らして涙を飲んでいると、
不意に伸びてきた誰かの手が頭を撫でて、顔を上げた彼女の瞳に至近距離でこちらを見ているジローが映った。
「・・・ジロー君」
「綺麗な歌が聞こえて来て、目が覚めたの」
ようするに自分の歌で目を覚ましてしまったと言う事で、が「ごめんね」と無理やり笑顔を浮かべると、
ジローは眉間にしわをぎゅっと寄せて「だめだよ」と言って、彼女の頭を撫でていた手を止める。
「俺、ちゃんの笑顔大好き。でも無理に笑う必要なんてないよ。
だって苦しい時は苦しい顔をして、悲しい時は悲しい顔をして、泣いたり、怒ったりするから、笑顔は綺麗なんだもん」
唐突なジローの言葉に驚いたが瞬きしていると、そんな彼女を見たジローは寝ぼけ眼の瞳を細めて、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
「いい子いい子」
ゆっくりと頭を撫でられる手の暖かさが胸に沁みて、ひぅっと息を呑んだがしゃくりあげると、涙を流して泣き始める。
そのまま数分間、何も言わずに泣き続けるの頭を、ジローは優しい笑顔で撫でてくれて、堰が切れたようには口を開いた。
「いい子なんかじゃない。
越前さんの気持ちとか、幸村君の気持ちとか、リョーマの事とか考えていい子でいる為に我慢しようとしたけど、やっぱり好きだもの・・・ッ!
兄弟で居たいって言ったのは私なのに、今さら好きなんて言えない。
それなのに小日向に嫉妬してる自分が情けなくて、大嫌いッ」
大粒の涙がほほを伝って地面を濡らす。
彼女の言葉を聞いてジローは一瞬顔を曇らせたが、瞳を伏せて首を横に振り、気を取り直すように尋ねた。
「ちゃんから見て、跡部ってどんな人?」
脈略のない質問には二三度瞬いたが、ジローは訂正するそぶりも見せない為、
「周りの人にも共通するけど・・・歳の割りには大人っぽくて、しっかりしてるかな」と答えると、
ジローは「俺はねぇ」と言いながらにししと笑う――「跡部は子どもだなぁって思うよ」
そうかなと首を傾げたに「うん」と笑顔で返事を返して、ジローは言葉を続けた。
「ちゃんへの態度とか見てたらね、小学生みたいで可愛いし、ウチの部活の中では一番クールに見えるけど、ホントは一番熱くて感情的なんだ。
でもね、周りの期待にこたえたいから一生懸命背伸びして、一歩進んだ所に居なくちゃいけないから冷静な振りしてるの。
俺そんな跡部を見てたらたまに凄く苦しくなる時があったけどね」
変な嬢ちゃんやで、絡まれとったうちの部員庇って言うたんや、実力の裏に努力があるから強いんやって
「跡部がそうやって頑張ってる所をちゃんと見てくれる子が居たんだって、まだ会った事なかった時にちゃんの話を聞いて凄く嬉しかった。
それでね、俺を天使だって言ってくれた子がその子だって知って、やっぱりなって思ったのと同じ位幸せな気持ちになれたんだよ。
だからね、同じ跡部を見てても、俺とちゃん、それから跡部本人が感じている事は全然違って、
ちゃんが自分をいい子じゃないって思ったとしても、それはちゃんの意見だから、他の人は違うかも知れないよって俺は言いたいの。
俺から見れば、ちゃんはすっご――くいい子だよ」
真っ直ぐで飾らないジローの言葉は、これ以上無いほど素直に受け取れて、心の中にストンと落ちてくる。
が「ありがとう」と心からの笑顔を浮かべると、ジローは頷いた。
「そんで、一杯泣いたから、越前君への気持ちにさよならしよう」
「え・・・?」
「さよならして、越前君の事もう一度好きになろう。
一杯後悔した好きにバイバイしたから、今度はきっとちゃんと向き合えるように好きになって、もう一度好きになったから、
今度はちゃんから越前君に好きって伝えればいいんだよ」
ね?とまぶしい位に微笑まれて、は再び溢れ出した涙でぐちゃぐちゃな顔で「うん」と泣きじゃくりながら「ジロー君は優しいね」と言うと、
ジローは何かが刺さったように悲しい顔で微笑んだ。
「人の事は色々言えるけどね、俺自身はちゃんの好きだけど、好きな人の為に我慢しようって一生懸命な気持ち、凄くよく分かるんだ。
だけどね、ほかの人がなんて言っても、俺はそう言う好きでいいって思ってるから後悔はないんだよ」
だから
だからね、ちゃん
「俺の分まで頑張って、誰よりも幸せになってね」
I wish you'll be happy
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イメージ→ ホシノルリ 「あなたの一番になりたい」
マルセル、リュミエール 「I
wish〜永遠のつぼみ〜」

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