瞳を開くと、ブン太のドアップが目の前にあって、あわてて後ろへ飛び退く。
「やっと起きたのかよ」と呆れ顔をされて、「え、何が?」と返すと、眉間に皺を作る。
「俺が散歩してたら、歌声が聞こえてその声を頼りに歩いていくとお前がいて、名前を呼んだらぶっ倒れた」
「・・・スイマソン」
居心地悪そうに布団を手繰り寄せてベットの中で身じろぎしたは、小さく「ありがとう」と呟く。
「何があったんだよ」
「・・・ただの熱中しょ「どうせ千石のことだろうけど」・・・わかってるなら聞かないでよね」
不機嫌そうに顔をしかめたに「話したかったら話せよ」と素っ気無くブン太は言うが、優しさだとわかっては微笑した。
また泣くだろうな、と目元に薄い布団をあてながら、「千石さんが悪いわけじゃないんだ」と前置きをする。
「千石さんは、素直にさんの笑顔を好きになってくれた。
あたしがこの世界の人間じゃないっていうのを言っていなかったあたしが悪かっただけ。
千石さんが女の子大好きなのは、昔からわかってたことだし。
だから、千石さんは悪くない。
けどね、あの女の子たちがどうしても、気に入らないの。
あたしがずっと願って、ねがって願って手に入れたものを、ぽんと口にした言葉ですべて得た。
それって、すっごくズルくない?
だからヒロインって嫌い。ただそこにいるだけで、みんなに愛されるんだもん」
愛して、とも言ってないのに、みんなに愛されることが出来る。
そんな人間がいることが許せなくて、自分にはなれないからこそ、その立場が許せなかった。
「バカいうな。逆だぜ、それ
の気持ちは、誰かに恋してるやつなら誰でもある気持ちであって、悪いのは千石だ。
あいつが女好きじゃなけりゃ、お前はこんな思いしなくていいし、
第一”自分はこの世界の人間じゃありません”なんて普通信じるか?
だから、お前は悪くない」
断言しきったブン太に、返す言葉もなくて黙り込む。
「お前があの女子達に思ってることも、俺は理解できるぜ。千石は、俺が一番欲しい想いを、ずっと前から持ってたからな」
それって何?と聞く前に、ブン太は部屋を出て行った。
□
「こんなところに呼び出して、どうかしたのかい?跡部君」
炊事場の台所にもたれかかっていた跡部が千石のほうへ歩み寄り、目の前まで来ると瞳を伏せた。
「朝の会話、聞いてたな」
瞬間、目を丸くした千石は「じゃあ俺も聞きたいんだ」と切り出し、落ち着いた様子を繕う。
「朝のちゃんの”あたしのホントの姿みたことない”って、どういう意味?」
朝の会話、といっても、いつ・誰とも言わずに話を振れば食いつくだろうとカマをかけたが、見事に引っかかってくれた。
やはり聞いてたか、とばつの悪そうに俯いた跡部に、千石はもう一度「どういう意味?」と問う。
「それだけじゃないよ。越前君のお姉さんがちゃんのお姉さんってことも、教えてくれるかな?」
そこまで聞かれてしまえば、言い訳することができないことを悟った跡部は、顔をしかめながら口を開いた。
「もし、この世界とは別の世界があるとしたら、お前は信じるか」
もしかすればと思っていた言葉が跡部から発せられ、千石は眉を寄せる。
「わからない」と答えると、跡部は「最初聞いたときは俺も納得できなかったが・・・」と零して続きを言う。
「と、越前の姉――は、異世界から来た。
と言っても、切原の妹と越前の姉、中身が入れ替わっただけだが・・・」
「そんなことッ!あるわけ「あるから言ってるんだ」・・・」
否定しようとする千石の言葉にかぶせ、跡部は低く言葉を紡ぐ。
「俺や幸村や手塚が、他にも何人かいるが・・・もも含め、全員がとち狂ったと思うか?
確かに信じられないだろうが、事実だ。そうやって信じないだろうから、はお前に言わなかった――言えなかったんだろーが」
くっと言葉を詰まらせた千石に、跡部は軽くため息を吐いて「用件はそれだけだ」と言って去った。
「俺、どうすればいいんだよ」
「あの、千石さん」
くしゃりと前髪をかきあげたのと同時に、辻本の声が被って慌ててそちらを向く。
気を取り直すことにして、辻本に「手相をみてあげる」と、辻本の手を取り、それを眺める。
喋っていると、隣で笑う辻本がに重なって見えて、このままへの想いを消してしまおうかという思考にいたる。
手品のようにして赤い糸を辻本と自分の小指に結び、「ほら、俺の小指と繋がってる。運命の赤い糸だよ」と続けた。
「んじゃあよ、千石。俺とに赤い糸が繋がってるか見てくんねーか」
真後ろから聞こえたブン太の声に振り向くと、口元だけ弧を描いた笑顔を瞳に映して、怒っているとわかる。
ブン太は自分の小指を眺めながら、がまだ寝ているだろうロッジへと目線を移した。
「お前のせいで俺との赤い糸が絡まっちまってんだよ」
「大丈夫だよ。俺もう邪魔しないから」
そう言うと、ブン太は真顔に戻って「へえ」と気持ちのこもっていない言葉を返す。
千石は、情けなさそうに眉尻を下げて、続きを零した。
「俺、ちゃんを好きになっちゃいけなかったんだよ」
「ッ!」
目を見開いたブン太は、無意識のうちに千石を殴り飛ばし、それを見ていた辻本が「キャーッ!」と声を荒げる。
我を忘れたブン太が倒れた千石の襟をつかみ、何度も揺さぶりながら叫ぶ。
「がッ、がどれだけお前のこと想ってると思ってんだ!ずっとお前の隣を夢見て、やっとこっちの世界に来れて!
それがアイツにとってどれだけ嬉しいことだと思ってるんだテメーはッ!
赤也がどれだけ好きって言っても、俺がどれだけアイツを想っても、はお前のことだけをずっと見てたんだぞ!
お前のせいでアイツが何回泣いたと思う?
お前が女ったらしなせいで、アイツは泣いた。
今の姿が本当の自分じゃないって言えなくて、アイツは泣いた。
お前を好きで、他の女に嫉妬する自分が醜いと思ってアイツは泣いたッ!
悔しいけどな、俺がのそばにいてやるより、お前がのそばにいるほうが、は救われるんだよッ!
何でわかんねーんだよテメーは!」
一人のヒトを愛しく思うことの何が悪い?
どれだけ想っても、どうしてそのヒトは自分を振り向いてくれない?
なんでお前は愛し合う権利を持っているのに 向き合おうとしないんだ?
「テメーなんかより、ずっと俺はアイツのことをッ「何をしてるんだブン太!」・・・」
辻本の悲鳴を聞いてか駆け寄ってきた幸村がブン太を千石から引き離し、「迷惑をかけた」と言って、
ブン太をつれて千石から離れようとすると、ブン太は千石を振り返る。
「お前が何しようと勝手だけどよ、を苦しめるんだったら、今ぐらいじゃすまねーぞ」
それだけ言うと、幸村と共にロッジへと帰った。
ブン太から先ほどの騒動の説明を聞き終えると、幸村は困ったように笑いながら「わかるよ、ブン太の気持ち」と言う。
幸村の両隣には真田と柳も座っていて、不機嫌そうに眉を寄せている。
自分に怒っているのかと思っていたブン太は、「たるんどるな、千石は」という真田の言葉に目を丸くした。
「一人の女性を愛すのが男だろう」と言った真田に、柳は「それが男かどうかは人それぞれだが、が苦しむのなら別だ」と続ける。
「少しでも、俺達での苦しみを和らげることが出来たらいいが・・・」
柳の言葉に、そこにいた四人が頭を抱えると、ロッジのドアが勢いよく開いた。
「その”俺達”っていうのは、俺らも入ってるンスかね?」
「仲間はずれはいけませんよ」
「いつも俺達はのけものだからな」
「・・・ピヨ」
ぞろぞろと四人がロッジに入ってきて、狭いロッジの人口密度が高くなる。
座った途端に、赤也が右手を挙手して「が好きそうなことやりましょーよ!花火とか!」と提案した。
「それならやっぱ焼肉だろぃ」
「カラオケはどうでしょうか」
いっきに盛り上がった空気にドアを叩く音が割って入って、「ねえブンちゃん暇ぁ」というの声がドアの音に続く。
はガチャッとドアが開けると、八人の輪の中に入って「なんであたしも呼んでくれないの!」と怒鳴った。
落ち込みは激しいが、立ち直るのも早いのを思い出した全員がぷっと吹き出して、
「、今度九人でパーティーするんじゃが、何がしたいか言ってみんしゃい」と仁王がの顔を覗き込む。
「カラオケ!カラオケ行こ、カラオケ!」
「ほら、私の言ったとおりでしょう」
胸を張った柳生を尻目に、ブン太が「真田はマイク持ったら離さねーからな」と眉をひそめる。
「そんなことはない!」と口論になった二人に、幸村が「うるさいよ、二人とも」と笑顔で言って二人を黙らせた。
「でもなぁ、やっぱ男八人ってむさくない?・・・今もだけど」
顔をしかめたが、「しかも夏場だから汗臭いし」と続けて、赤也とブン太、ジャッカルが襟元の匂いを嗅ぐ。
「俺はエイトフォーを欠かさんからのぉ」
「紳士たるもの、女性に汗臭いとは言わせませんよ」
「汗くさいって何だい?みんな臭うのか?俺はそんなこと一度もないけどなぁ」
「汗臭いのは男の勲章だ!」
「幸村、その発言は危ういぞ。そして弦一郎、その古臭い考えを捨てろ」
「というか、ゆっきーは魔術使ってるから臭わないんじゃ・・・はい、すいませんッ!」
が言葉を続けようとすると、幸村が笑顔でを見て、その視線に気付いたは床に頭をこすりつけて謝る。
むっと眉間に皺をつくった三人は、仁王の元に寄って「エイトフォー貸してください」と頼み込んだ。
その様子を見ていたがケラケラ笑っているのを見て、とりあえず少しは立ち直ったようだと安堵した。

|