今日の夕方のミーティングは山海全体でやるから、と幸村から伝えられ、そのミーティングに顔を出した。
もちろん、あの二人の顔を見るのも嫌だからバッくれようかと思ったが、仕方なしに行くことにした。

ミーティング前にぺらぺらと、まるで彼氏彼女のように話している千石と辻本。

否、きっとそう見えているのはだからに違いない。
他のみんなには普通に話しているように見えるだろう。

苛立ちが込み上げてきて、息苦しさを覚える。

それも抑えてやっと会議が始まり、内容は「練習場所の確保」。
この間長太郎が敗れた網を拾ってきたので、それを使って、うまくテニスの練習場所を作りたいから、
誰か協力を頼む、ということらしい。

「はい!私とつぐみに全部任せてください!」

勢い良く手を上げたのは辻本で、その隣の小日向もまんざらではない顔をしている。

「任せて」っていうのは、今までたくさん実績を積んできて始めて言える言葉で。
どうしてそれを簡単に口にして、どうしてそうやって自分の居場所を作ってしまうの?


あたしだってちゃんだって、一生懸命頑張って居場所を作ったのに。
どうして貴方達は無意識のうちにみんなから愛され、居場所を手に入れることができるの?

ど う し て ?


「じゃあネットは辻本と小日向に任せて・・・「自己主張の激しいことだね」・・・」

跡部の言葉に被せて、聞き取りやすいように呟く。
一瞬にして場の空気が氷ったのがわかる。――けど、もう止められない


「そんなに居場所を作りたい?自分が有能だって見せつけて、仲間を作りたい?
バッカみたい。まるで小学生じゃない。

全部任せて?それって、今まで実績上げて始めて言えることでしょう?
貴方達、そんなに役立つことした?誰かに勝(まさる)何かをしたの?

いいよね、ヒロインは。
何にもしないのに愛されて、何にもしないのにみんなから信用されて、居場所を作れる。

「嬉しい事も、悲しい事も含めて私たちが時間をかけて作ってきた信頼みたいなものをさ、
たった一言で得ちゃうんだもん。ずるいよ」


「だったらお互い様と言う事で、この気持ちは押し殺そう。
でも、小日向たちを無理して好きになる事まではしなくていいからさ、我慢できなくなったら爆発しちゃおう」


大ッ嫌い。ヒロインなんて。
一言で世界まるごとの幸せをもらえるんだもんね」


苦しい クルシイ くるしいッ
どうして神様はあたしと姉ちゃんじゃなくて、この子達を選んだの?

どうしてあたしたちはこの世界に生まれることが出来なくて、この子達は生まれることができたの?

わからない、わからないよッ


「おい、・・・」

肩を叩いた赤也の言葉に続けるようにして、辻本が「それってただの僻みでしょ」と喧嘩を買った。
小日向は「や、やめようよ」と言いながら辻本の腕を引っ張る。

「その強気なとこも、ちょっと天然は言ってるところも、可愛らしい容姿も」

先程とは裏腹に綺麗に笑いながら二人に歩み寄るに、
跡部が「」と声をかけるがの足は止まらない。

「長い綺麗な髪も、その綺麗な茶色の瞳も、抑えめな所も」

今度は小日向に向かって話しかけ、これはやばいと感じたのか手塚が「切原」と呼びながらの手を掴む。


「可愛いよね。いいよね。
みんなそんなところに惚れて、そんな貴方達だから心を許しちゃう」
ちゃん」

の名前を呼んだのは千石で、は立ち止まり辻本を見据えた。

「ただの僻み?言おうと思えば、そうも言えるね。
けど、正確には違う。これは・・・」

ちゃんッ!」

バンッと机が叩かれ、千石が辻本の前に立ちはだかり真っ直ぐを見る。
「もうやめなよ。どう見てもちゃんが悪いのわかるよね?辻本さんも小日向さんも嫌がってるッ!」

目を見開いたが、黙り込んで俯き、やがて降参したように両手を挙げた。
「ごめん。あたしが悪かった」と、いつものように笑って、手を掴んでいた手塚に「もう大丈夫」と言う。


「何か昨日眠れなくってさ!イライラしてたからあたっちゃったんだ。ごめんね!
ちょっと寝てくるから、今日は会議欠席で!では」







背を向けた瞬間に、涙が溢れた。
こんなに涙腺はゆるかっただろうか。こんなに”演技”するのはつらかっただろうか。

こんなに、みんなのことを信用していたのだろうか。

確かに、どこからどう見ても自分が悪かったし、だから”裏切り”とかそういう問題じゃないのはわかってる。
けど、どうしてか”裏切られた”という感覚が体中を支配していて、笑えてくる。


「何でこんなに信用してたんだろ、あたし」


涙が溢れるのに、なぜか笑いながら呟く。――ああ、もうおかしくなってるのかな
元の世界で散々「どんなに裏切られてもいいから」なんて言ってたのは、どこのどいつだ。


千石さんのあんな顔、始めて見た。
手塚のあのあせった顔、面白かったなぁ。記念に一枚撮っておけばよかった。


いつの間にか辺りは真っ暗で、適当に歩いてきた道はいつの間にか山の中の草むらになっていた。
このまま遭難でもするかな、と思って座り込む。

だから、お前は悪くない

ブン太が医務室用のロッジで言ってくれた言葉を、不意に思い出した。

「ねえブンちゃん。まだあたしは悪くないって、言ってくれる?
どっからどう見てもあたしが悪いのに、まだ悪くない、って言ってくれる?」

きっと、言ってくれない。
だってあたしが悪いから。あたしが悪くて、あの子達は何も悪くないのに、あたしはひどくあたったから。

「ただの僻み?言おうと思えば、そうも言えるね。
けど、正確には違う。これは・・・」



ただの嫉妬だよ


そう言ってしまうところだった。
やっぱり、どんなに自分を隠そうとしても隠しきれないんだ。


「愛なんてさ、十年持てばいいほうだよ。
百年先や、千年先の恋なんて確実にないし、ましてや永遠の愛なんてこの世にない。

結局、恋人も愛してる人も赤の他人でしょう?
そんな人を信用することも、その人の為に一生懸命尽くすこともずっと続くことなんてありえない」



そう思ってきたから恋なんてしなかったし、そう思ってきたから今までやってこれた。
それは例え千石さんでも同じことのはずだったのに、どうしてここに来て”永遠の愛”を求めなきゃいけないのさ。


干渉しなければよかった。
信用しなければよかった。

今さらそう思ったって意味ないのに、なんでそう思っちゃうんだろうな。


!」


ブンちゃんの声だ。
逃げよう、と、そう思うのに手足は石のように動かなくて、どこかで見つけて欲しいって思ってるのかもしれない。





「…?」

木の陰からブン太が覗いて、を見つけた。
駆け寄ってきて、「お前なんでこんな山奥にいるんだよ」との手を掴んだ瞬間。


信じちゃダメ
一緒に居たら信用しちゃうから近寄っちゃダメ


頭の中からそんな言葉が溢れ出てきて、は掴まれた手を振り払った。

「あ、の…後でちゃんと部屋に戻るから」

俯いているのに、ブン太が不機嫌そうに眉を寄せている光景が手に取るようにわかる。
「越前姉が啖呵切った。私の妹泣かすなって」

まったく想像もしていなかったのか、はぽかんと口を開けてブン太を見上げ、やがて苦笑を零した。
「やってくれるじゃん、姉ちゃん」と、ぽろぽろとこぼれだした涙を拭う。

「ねえブンちゃん。
前言ってくれたみたいに、あたしは悪くないって言って欲しいのはわがままかな」


「今回はお前が悪い」


ああやっぱり
また溢れ出した涙を隠すように両目を覆うと、「けど」とブン太が続ける。


「辻本も千石も止めなかった俺も、止め切れなかった他のやつらも悪い」


押し殺していた嗚咽がこぼれて、ブン太は「ごめん」と言っての頭を撫でた。
「護るとか言いながら、護れなかった」


ほら、そういうこというから、また信用しちゃうじゃん
ほら、そうしてくれるから、まだこの世界にいてもいいのかなって思っちゃうじゃんか


腕をの背中に回し、「ごめん」と何度も繰り返す。


「前そうしてくれたとき、”あたしはブンちゃんが甘えんぼだって知ってるからいいけど”なんて言ったけど、
あたしだって”ブンちゃんあたしに気があるんじゃないか”って思っちゃってさ。

そんな訳無いのに、みんな優しいから、思わせぶりな態度取るから、また甘えちゃうし。
また信用しちゃうし、まだこの世界に居場所があるって勘違いする。

だから、こんなことしないで」


今度なら、”勘違いしてしまえ”と言えるだろうか。


口を開いたブン太が、「俺は」と呟き、次の言葉を紡ぐ。















小さなあの部屋から見た窓の向こうの空が、深くて青くて。だからずっと憧れてた。
やっときた窓の向こうは、あたしが夢見た全てがあって、まるで楽園のようなのに、どこか後悔が付きまとう。


そんな後悔も含めて、今まで積み上げてきた自分が崩れ落ちて。
何が自分なのか、どれが自分じゃないのか判らなくなって、とにかく思った通りに突き進むことにした。




上手に言えない言葉達がいつしか他の人を傷つけて、いつしか上手に自分を隠すことができなくなった。

自分が嫌いになっていく中で、窓から飛び出したあのときの気持ちと、
窓から見たこの世界の青さだけは嫌いになれなかった。




気がついたら、あの頃からずっと夢見てきたことも霞んでいて、その夢が消えないように大事にしまいこんだ。
”あたしはずっとこの想いを、この夢を忘れない”と、先の自分に誓った。


きっと姉以外誰にもわかってもらえないだろうと自分を隠してきた。
もう一度自分を見てみたら、それはあまりにも醜い感情とツクリモノで出来ていたから、もっと自分が嫌いになった。




元の世界で、この窓の外に飛び出すことをずっと夢見てきたけれど、姉もあたしも出来ないことだとわかっていた。
けど、それは確実ではないわけで、ほんの少しの希望をそっと抱きしめて、ここに来れることを想い続けた。




自分が嫌いになることも判らなくなることも、元の世界の自分から見ればありえないことだと思う。
溢れ出した”自分”があたしを捕らえて離さなくて、上手に騙すことも、自分をツクルこともできなくなった。

けど、それでもここにいられる自由を感じて、だからこそ、こんなあたしでいいのかと不安が溢れ出した。




帰りたいとは思わない。
あの狭い小さな部屋で過ごすよりも、この青空に両手を広げて羽ばたく方があたしにあってる。

だから明日を信じてここにいることができる。
その明日は間違いじゃないし、誰にも”間違いだ”なんて言わせない。

きっとそれは、誰よりもこの世界が好きで誰よりもこの世界に来たいという強い想いを今も持っているから。

どんな自分もひっくるめて、あたしだから。そっと抱きしめたあの時の希望は、あたしを裏切ることはなかった。




「お前を   愛してる




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イメージ→Sleepin' JohnnyFish 「テレスコープ」