「うっし!」
はパチンと両手で頬を叩くと目いっぱいの力でドアを開いて外の空気を吸い込む。
目指すは全体会議。するのは…まだ未定。でもやってみせる。もうきめた。シリアスなんて似合わないから決めた!
なんかよくわかんないことは自分で解決する。わかるまで追及してわからないところはもうほっとく。
それが一番。
よし、出陣するべし!
【紡ぎ糸】
「ごめん!めっちゃごめん!昨日すんごい酷い事言ったって自分でもわかってるんだよ、だからごめん。
あたしが悪かった。すんごい君たち可愛いからさーなんてーの?こう…嫉妬?みたいな?まぁとりあえず真面目にごめん」
その場にいた全員は両目をまん丸にしてを見つめていた。まさかが自分から謝るなんて思ってもみなかったようだ。
小日向と辻本が「いや、あの…」とかどもっている間に、は次の行動に移る。
「でも姉ちゃんがあたしのために怒ってくれたのも無駄にはできないから、あえて言わせてもらいます。
テメーらヒロインなんて大っきらいなんだよッ!
つーかお前らぶっちゃけあたしらの選択肢で動いてるからっトキメキ度あげてんのあたしらだからっ
千石さんとのイベント成功させてやったのもあたしだしトキメキ度満タンにしてやったのもあたしだし…
エンディングもあたしがしたの!
つーかまじありえねーんだよ、なんでヒロインってそうみんな天然なわけ!?天然ってそんなに萌えポイントなわけ!?
あたしは断然天然よりツンデレ派です!ぶっちゃけヤンデレカモンな感じでやってます的な!?」
すっとぼけた会話(の一方通行)を始めたはバシッと机を叩いて辻本と小日向に眼垂れ、そして辺りを見渡して選手一同を見る。
「話は聞いた。姉ちゃんが怒ってくれたのも、みんなが事情聞いたってことも聞いた。んで跡部から聞いた。
千石さんがあたしが話さなかったから混乱しちゃったことも、んで混乱したところをちょうどあたしが見てたってこともわかった」
とりあえず借りは返す、とだけから聞いていたはこめかみに手を当ててため息をついたが、なんとなく予感はしていたので少し笑ってしまった。
ブン太も聞いていたのでその二人だけは平然としていて、その他全員は会話の流れを見ている。
「だいたいみんな勝手すぎるんだよね。いつの間にかゆっきーは姉ちゃんに告白してるし、つーかぶっちゃけ最初の方に赤也にこくられたし。
むしろチューされちゃったし。あたしの初チュー返せっちゅー話だし。リンリンは嘘教えて告白してくるし。かなさんどーなんて有名なうちなーぐちだってーの。
しかも昨日はアホべが姉ちゃんに告白してるしブンちゃんに愛してるとか言われちゃって、あーもう高橋さーんって感じだし。
千石さんは結局よくわかんないままみたいだし…」
「あ」と呟いたのはだった。にはだんだんがイライラし始めたことがわかったらしい。
止めに入ろうと走った時には遅かった。
「つーかあたしが一番千石さんのこと好きだってんだコンニャロー!辻本より数十年も数百年もむしろ一万年と二千年前から愛してんだッ!
あーもうイライラする!もう悩むの止めたの!あたしがさんだろうがさんがあたしだろうが、あたしは千石さんが好き!
好きだから誰も割って入ってくんじゃねーよッ!わーったかコンチキショーめっ」
ゼェハァと肩で息をするは敵総大将を打ち取って来たばかりの武将のようで、赤也は思わずぷっと噴き出す。
真田は先ほどのと同じ格好でため息をつき、柳は微笑んで幸村は大爆笑をして腹を抱えている。
「あっはっはっは!はっはっ!ていうかそれ今までのごたごた意味ないよね!絶対ないよね!はホントにアホだなー!」
「わ!ひっどーい!これでもあたしめちゃくちゃ悩んだんだからね!柄にもなく!」とが叫んだかと思いきや、横からファイルで思いっきり叩かれる。
「テンメェ…」
叩いたのはどうやら跡部で、額に青筋を立てていた。
「人が告白したこと普通に言ってんじゃねーよ馬鹿野郎!傷口えぐりやがって…テメーのせいだ!」
「うっわ最悪!何ヒトのせいにしてんのよアホべ!あーほあーほアホべ!お前がふられるのなんて目に見えてわかってらーっ!
それでもアンタが諦めないの見越して言ってんだよ!そんぐらいで諦める気なら最初からこくんじゃねーよバッキャロー!」
面食らった顔をしたのは千石で、昨日言われたばかりの言葉を思い出す。
手のひらを返すような恋なら、初めから好きだなんていわなきゃいいのよ、ぬか喜びさせないで。
本当に姉妹なんだな、
「誰も諦めるなんて言ってねーだろうがこのチビ!」
「黙れ泣きボクロ!チャームポイントは泣きボクロフゥフゥって感じですかこのアホべ!」
「こんの馬鹿っ」
ビックリして跡部と二人でそちらを向くと、顔を真っ赤にした赤也が両手を力いっぱい握りしめて叫んでいた。
「跡部さんの言うとおりだ!人が告白したとか…その…あーもうありえねーッ!」
叫んでさっさとロッジへ帰ってしまった。まだ全体会議はじまったばかりなんですけど?
「やーしんけん知っとったんか」
「あ、はい。実はあの後調べたらすぐ出て来まして―…でも言いにくかったから言わなくて―…まーそんな感じで―」
いきなり後ろに現れた凛の質問にも答えると、凛は何も叫ばず耳まで真っ赤にして走り出す。なんだよみんなツンデレ傾向かコノヤロー!最高じゃねーの!
「とにかく、あたしが言いたいのはヒロイン共、どーもすいやせんでしたっていうのと、あたしは千石さんが大好きですってこと!
そんだけ!終わり終了さよなら!あたしも帰る!」
ロッジへと踵を返すと、後ろから襟元をグィっと引っ張られて慌てて振り返る。
「今日の全体会議は午後からだ、いいな。んじゃ全員解散だ。こいつはこいつで話があるみたいだしな、アァン?」
え、待ってよ
が言い放った跡部に制止の手を伸ばそうとした瞬間、奴はにやりと笑って小さく「仕返しだ」と呟く。
宍戸や祐太なんかはまだ聞きたいことがある、というような顔をしていたが跡部の一言で渋々と退散している。他校生ほとんどがそういう顔だ。
まって待って!二人にしないでよ!二人きりが恥ずかしいから公衆面前の前でこくったって言うのに!二人きりになったら意味ないじゃん!
それは上手く言葉にできないまま、千石以外の全員が去ってしまった。
「ちゃんの口から聞いてもいい?どういうことか」
あまりに重く感じたその言葉は、その重みの分だけきっと千石が悩んでくれたということなのだろう。
跡部に借りができたなんて思いたくもないけれど、後で何かしてやろうとか思う。
「中身が入れ替わるなんて普通ありえませんよね、けどあり得ちゃったんです。
あたしと姉ちゃんがここに来たくて、本当の二人はここを出たかったから。
そんなので簡単に来れるとは思えませんが、確かにその意思が疎通したことであたしたちはここに来ることができた。
あなたに会うことができた。
漫画なんて、二次元なんて、紙切れの中で動いている線を目で追って恋するなんてとてつもなくしょうもない事かもしれません。
しょうもなくて本当は妄想かもしれない気持ちだったのかもしれません。それでもあたしはそんな気持ちが大好きで大切でした。
愛しても恋してもこの空の下にいないあなたたちと繋がっていることはできなくて、
毎日毎日ああなんで自分はこの世界に生まれたんだろうと思いました。
躓いても転んでも手を差し伸べてはくれないあなたたちがなんでそんなに愛おしいんだろうと自分を疑いたくなる時もありました。
それでもあたしにとっては元の世界よりも大切なもので、唯一の救いだったんです。
あなたがどこかの世界にいるということが。
あなたがあたしと同じように生活していて、同じように生きているということが。」
今思い返せば幸せなことばかりだったと思う。
しょっぱなから赤也に会って妹さんと入れ替わっちゃったり、立海のテニス部によくしてもらったり。
「千石さんに告白された時、本当はすぐにでもはいって答えたかった。でも答えられない自分がいた。
あたしはさんであってさんじゃないっていうのがあたしの中で重要なことに思えて仕方がなかった。
赤也に告白された時、すごく嬉しかった。
でもはいって答えられなかったのはまだこの世界で遊び足りないって言うのもあったし、
千石さんが好きだっていうのがあったから。
そんなの贅沢かもしれないけど、元の世界でもこの世界でもやっぱりあたしの一番は千石さんだった。
最初に会った時も緊張しちゃって今思えば何言ってたか全然覚えてないんですよ。
千石さんが立海に来てくださったとき、はじめて自分が喋った、っていう実感がわきました。
合宿の時初めて千石さんがあたしのことを認識してくれたと思えました。
千石さんがデートに誘ってくれたとき、あたしはどれだけ幸せ者なんだろうって思って、今自分がこの世界にいることを心底実感しました。
やっぱり元の世界でもこの世界でも、あたしの全てを動かしてくれるのは、動かすことができるのはあなただったのかもしれません。
立海のみんなとか他校のみんなとかには申し訳ないけど、それでも。
それでもあたしの一番はあなただった」
そこまで言って深く息を吸い込むと、は決心したようにめをギュッと瞑って「だから」と続ける。
「あたしはあなたが大好きです。
大好きって言う言葉よりももっともっと大きな想いをあなたに抱いています。
でも普通中身が入れ替わるなんて思えないだろうし、結局あたしが千石さんに言えなかったのが悪かったとわかってます。
だからもし辻本さんやほかの女性を選んでもあたしには咎める権利はない。
聞かせてください、返事」
千石はふと最初に会った時を思い出す。会ったといってもこちらが見ていただけという形の初対面。
彼女はずっと笑っていて、その笑顔がすごく印象に残っていた。
「さっき全体会議でちゃんが跡部君に”諦めるぐらいなら最初から告白なんかするな”って言ってたでしょ?
昨日俺ちゃんに同じこと言われたんだ。
ビックリした。やっぱり姉妹なのかなって思えたよ。
君はふざけた感じだったのにどこか真剣な顔して言ってた。本当にちゃんのこと想ってるんだなって思った。
今まで俺自慢じゃないけど引っぱたかれたことは多かったんだけどさ、ちゃんの平手はすごく食らった。
めちゃくちゃ痛かった。
そんなに力があるわけでもなかったのに痛かったのは、ちゃんのちゃんに対する想いと俺が痛いところ突かれたからだと思うんだ。
笑顔はきっと一人ひとり違うと思う。
俺は実際、もとのさんの笑顔なんて見たことないし、初対面から知ってるのはちゃんだけだから。
ちゃんがどんなふうに笑うか知ってるけど、さんがどんなふうに笑うかはしらない。
だから、俺思うんだ。
俺やっぱりちゃんが笑ってくれるのが一番嬉しい。
いろいろ混乱しちゃったけど、結局はちゃんが辻本さんに嫉妬してくれた。
俺自身、ちゃんに対する想いも自覚することができた。
すごく遠回りだったけど今なら簡単にわかる。
俺はちゃんが好きで、ちゃんが笑ってくれるのが好きで、ちゃんに俺が頑張ってるところを見てほしい。
昨日は本当にごめん。混乱してたからって言っていい言葉じゃなかった。
ちゃんを傷つけて、泣かせた。
もうこれで絶対泣かせないようにする、なんて約束はできないかもしれない。
笑って欲しいけど、俺と一緒に泣いて欲しいときもあるかもしれないからさ。
でも丸井君にも赤也君にも渡すつもりはないから。
ホントに俺もすごくちゃんのことが大好き。ホント、ちゃんに負けないくらいに」
いつも思っていることとは逆のことを言葉にしてしまうので、によく「あまのじゃくだね」と言われていたのを不意に思い出した。
家族には滅多にないものの、他人となると皮肉やまったく別の言葉に変換されてしまう気持ちに自分自身鬱陶しさを感じていた。
今もそうだったのかもしれない。肝心なところではっきりと言葉にできなかった思いが混乱を招いてしまった。
とんでもなく遠かった道のりを思い出して他校のみんなにも迷惑をかけてしまったと苦笑を零す。
「あたしあまのじゃくなんです」
きょとん、と小首を傾げた千石は「それちゃんも昨日言ってたよ」と前置きをする。「でも俺はそんなことないと思うけど」
「じゃあまだ知らないといけないこといっぱいありますね、お互い」
「千石さんの目の前で滅多に告白じみたこと言わないと思いますし、敬語も使うし砕けた呼び方もしないだろうし。
他の女の子とあるいてるところ見たって何も言わないか友達と歩いてたんですね、とか皮肉をいうと思います。
甘いのダメだし二人っきりとかほとんどないかもしれません。自分からアタックなんかしません。
また余計なこといって千石さんを傷つけたり、何も言わなくて千石さんを傷つけたりするかもしれません。
それでも」
紡いだ糸はあまりにも細く、すぐに切れてしまいそうなほどピンと張りつめている。
愛おしい人の処へ届いて欲しいのに届かなくて、じれったいほどに方向音痴で思ったようにいかない。
「それでも、言葉の裏に隠れた気持ちを理解してもらえますか」
千石の手が伸びてきて顔の横を通り過ぎたかとおもうと抱き締められて息が苦しくなる。
「もちろんだよ」
と、言った言葉が伝わってくる心臓の音と一緒に聞こえた。
張りつめたら近寄ってそれを緩めよう。
迷子になったら追いかけてこっちから捕まえに行こう。
「俺に任せて」

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