森に入ってから、もうどれ位の時間がたっただろうか。

を探すと言って会議を飛び出してから何時間も過ぎ去っている証拠に、辺りはすっかり夜の帳が下りてしまっていて、
は都会よりも随分と明るく見える星を見上げると、こみ上げてきた涙を飲み込んで木をかきわけた。


ロッジや合宿所は隅々と探し回ったから、考えられるのは森の中しかない。
特には弱みを見られる事を酷く嫌う傾向がある。誰も居ない方向に走っていった可能性は高い。

「――ッ」

木の枝が手のひらに熱を走らせて、思わず手を引くと、薄暗い闇の中で手の甲に一本の線が入っているのがぼんやりと見えた。
「あーあ、また越前さんの身体に傷つけちゃった・・・」

痛いとかそう言う言葉が浮かんで来る前に、口から出たのは他人事のような一言。


――もうやめなよ。どう見てもちゃんが悪いのわかるよね?辻本さんも小日向さんも嫌がってるッ!


「最低ッ」

散々獣道を歩き回ったせいで傷だらけの身体が熱いのに、行き場の無い怒りがこみ上げる気持ちの方が何倍も悲鳴を上げていた。
吐き捨てるように言った言葉の後ぎゅっと下唇を噛み締めて拳を握り締める。

「最低、さいてい、サイテイ、最低」


ああ、駄目だ
一番言ってはいけない事を口にしそうになる


「なん、で」


ど う 見 て も  ち ゃ ん が 悪 い の わ か る よ ね ?


「何で私達、この世界に来ちゃったの・・・ッ!?」

悲鳴に近い声を上げてしゃがみこもうとした時、いきなり腕を握られたが身を縮ませると、怯えた瞳に息を切らした跡部の姿が映った。
「あと、べ君」と途切れ途切れに名を呼んだ彼女をにらみつけた跡部は、怒鳴りつける。

「てめぇ、こんな所で何してんだ・・・!」

突然怒鳴られて驚いたは、ふぃっと視線を逸らすと「を探すって言ったはずです」と気まずさに背中を押されるように跡部の手を振り解き、
跡部は解かれた手を再び握ると、空いた方の手で木の幹を殴った。


「まともな神経してるやつがこんな入り組んだ場所まで入ってくる訳ねぇだろうがッ。毒蛇が出るっつったの聞いてねぇのかてめぇは!」
「行き成り精神が入れ替わった時点でまともな話じゃないですよ!」

噛み付くように言い返したは、涙に濡れた目でキッと跡部を睨みつけると手を振り解こうともがき、跡部は逃げられないよう両手首を掴んだ。

「おかしくなれたら楽ですッ。いっそ、毒蛇にかまれて意識飛ばした方が・・・ッ」

ゴツン、と音がして、は脳みそがシェイクされるような感覚にぐるぐると目を回すと、跡部の精悍な顔が物凄く近い事に気がつき、
触れ合っている額から、自分が頭突きされたのを理解した。


「ず、頭突き・・・!?」
「次にくだらねぇ事言ってみろ。ぶっ殺す」

地を這うような低い声音に思わず背筋があわ立つのを感じる。
両手塞がってるからしょうがないにしろ、頭突きって・・・思わず冷静になってしまう自分が情けない。これアニメなら絶対煙出てるって。

「姉貴のてめぇがしっかりしなくて、誰がアイツの傍に居る」
「・・・」

は丸井が見つけた。今はもうロッジで休んでるってのに、てめぇはこんな奥地をフラフラふらふら・・・」
「・・・、・・・・・・そ、っか・・・よかった」


ぽろっと涙がこぼれて、しゃくりあげたは堰が切れたように大粒の涙を零した。


「あの子に何かあったら、千石殺して私も死んでやるって」
「・・・どんだけマイナス思考なんだ・・・」

呆れたようにため息をついた跡部が、ちらりと彼女を見ると、安堵の笑顔で頭の上に手のひらを乗せ、にはその暖かさが身に染みる。

「俺様も、立海も居るってのに、勝手に一人で突っ走ってんじゃねぇよ」

「スイマセン、のことで頭がいっぱいで、跡部君達のこと忘れてました
と至極まじめな顔で答えた彼女の言葉に目元を引きつらせた跡部は、ぐいっと彼女の頬を引っ張ると容赦なくつねり上げた。

「いひゃ」
「てめぇは 少し 考えてから 物を喋れ」

人が心配してやってんのに、と憤慨する跡部の地雷を踏んだ事にも気づかないは、「はぁ」と間抜けな相槌を打つ。
何で怒られたんだろう、凄く真剣に謝ったのに


「千石の奴も、たいして考えてなかったんだ。あんま責めんな」

跡部の言葉は、いつも何気なく彼女が踏むのを仕返すように軽やかに踏んだ、言わばの地雷だった。
どかんと爆発する音が聞こえたかと思うと、再び彼女が眉根を吊り上げる。

「たいして考えなくて、あんな事言ったんならもっと最低です」
「・・・言葉が悪かった。多分、考えて考えて、んで考えすぎて爆発して、何も考えれなくなったようなもんだ。それは言い返したてめぇも一緒だろ」

「だからって・・・ッ」
「だったら全てを受け入れる覚悟ってどんなだ」


「え」


突然問われて、それが千石に向かって言い放った自分の言葉だと言う事を思い出したが言葉に詰まると、
跡部はやれやれといわんばかりに肩をすくめた。

「大体てめぇも千石も、元の姿って言うくだらねぇ事にこだわりすぎなんだよ」
「くだらなくなんか、ないです」

「本当の姿を知らねぇ知らねぇって言うが、互いの全てを知ってる人間なんていねぇだろ。
相手は自分じゃねぇんだ。多少なりとも絶対に理解出来ていない部分がある。性格にしろ姿にしろ、それは一緒だ。

それを全て受け入れるなんて無理なんじゃねぇか?」


跡部の言う事は正論で、だけどそれを認めるだけの余裕は今のには無い。言いかえそうとした先手を打たれ、は押し黙る。


「理解出来てない、恐らく一生かけても理解出来ないものを理解しようとするのが、誰かを好きになるって事だろ。
理解して改めて好きになったり、嫌いになったりするもんだ。

てめぇが言うように初めから全部を受け入れて好きで居られるなんて、それこそうわべだけだろ。御伽噺の王子様じゃあるまいし」


容赦ない跡部の言葉がズケズケと胸に刺さり、後退さろうにも木の幹に背後を取られて動けない。
思わず両手で耳を塞いだが、ものの数秒で力ずくに外された。


「千石は今、が好きだからこそ理解出来ない事を理解しようとしてんだ。
まぁ、辻本に靡きかけたのはアイツの悪い癖だが・・・とにかく、頭ごなしに否定すんな。好きだからこそ迷う気持ちは、てめぇもよく知ってるはずだろ」


期限付きだから、いつかは自分達の世界に連れ戻されるから、好きで居る事も諦めたくなるくらい辛いのッ


「勘違いすんな。元の世界に戻るお前達も辛いだろうが、残される側だって辛いんだ」

な、と跡部らしからぬ優しい声音に、張っていた千石への苛立ちや辻本たちに対する意地みたいなものがふにゃりと折れて、
ひぅっと息を呑んだは涙ながらに頷いた。



正直千石を許せるとは思えない。

だけど、元々喧嘩を吹っかけたのはこちらだと言う事は誤魔化しようのない事実で、悪いのは間違いなく自分達だ。
それなのに辻本や小日向に対して抱いていた醜い感情を頭ごなしに否定される訳ではなく、受け入れてくれる物言いが嬉しくてたまらない。

傷つけられる事が怖くて、無条件に理解をしてくれる人を無意識のうちに探していたは、
傷つけずに接してくれる人がいつの間にか自分にとって理解してくれる人になっていた。

「木手君に私が言ってる事は奇麗事に過ぎないって言われて、実は結構へこんでたんですけど、木手君と跡部君の言うとおり、奇麗事なんですよね。

比嘉に必要なのは辻本さんだって、自分じゃないんだって決め付けて私は向き合おうとしなかったし、
跡部君と木手君たちの間に波風たたず穏便に済む事ばかり考えてたけれど、波風が立っても終わりよければ全て良しの方が意味がある事もあるのに。

ホント情けないです。事なかれ主義って言うか、八方美人って言うか、その癖あんな風にブチギレちゃって・・・」


思えば全員の前で越前さんとは別人宣言をしてしまったのだ。
口がすっぱくなる程に「バラすな」と言ってきたのに、立つ瀬が無いと言うか考えなしと言うか――この後どうしよう!?

「か、考えなしにも程がアリマスね」

ガクガクとあごを震わせてうっすらと自嘲の笑みを浮かべたは、うーとうなり声を上げると頭を抱えた。
「とりあえず今は考えない事にします。どうせ戻れば嫌でも向き合わなくちゃいけない訳ですし・・・あー、に怒られるだろうなぁ・・・」

気にしないといってる割に気にしてる所が彼女らしくて、跡部は思わず口角を緩めて笑ってしまう。
そんな跡部の笑みを見たは、ぱちりと瞬くと笑った。


「跡部君って、色男ですよね」
「色・・・」

間違えた。カッコイイです」
(どう間違ったらかっこいいが色男に変換されるのか、と跡部は心底謎に思ったそうな)

「正直向こうに居るときは跡部君のどこがいいんだろうって思ってましたけど、
しっかりしててさり気なく優しいし、気がきくし、ふと見せる笑顔が萌え?みたいな、こういう所が女の子のハートを掴むんでしょうね」


のほほんと笑う彼女はつかの間の現実逃避をしているようで、跡部はしばしの間黙り込むと、を真っ直ぐと見据える。
何故だろう今なら言える気がした瞬間、言葉を選ぶ間もなく口から滑り出た。


「掴んだって、てめぇじゃなきゃ意味がねぇよ」
「・・・」

きょとんとが瞬く。
跡部はいつもの調子で流される前にニヤリと口端を持ち上げて笑った――て言うか笑え、いつもの調子で笑え俺ッ!


「だから、俺様の事好きになれ」


シ――ンと静まり返った森の中、およそ二分後につむぎだされたの言葉は「は?」と言う間抜けなものだったと言う。

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上半分を書き上げて、気晴らしに古本屋行ったら忍跡のメチャいい話が入ったアンソロがあって、衝動買いしてしまいました。
それを見た後に後半書いたらマカロニに「これメッチャ影響受けてるやん」と突っ込みを入れられた。うん、確かに!

跡部関連のカプってあんま興味ないんですけど、その人の書いた跡部には久々にエルボードロップを入れられた感じで、
古本屋で思わずもだえた私は他人から見るとめちゃ怪しかったと思います。