「…は?」
ポカンと口を開けたが跡部を見上げていると、彼は張りつめた糸が切れたように突然口元を押さえて笑いだし、
揚句の果に「酷い顔だな」といった彼の言葉に「な!?」とは声をひっくり返した。
気付いているか、それは越前さんに対する冒涜になるんだぞッ
=リョーマに対する冒涜でもある=に対する冒涜なのである(繋がりが遠い遠い)
ギリギリ歯を噛みしめるの姿を跡部は更に笑い、大きな手の平でグシャグシャと彼女の頭を撫でまわした後「冗談だ」と口角を引っ掛けるように笑った。
「冗談って…!」
かきまわされた髪の毛はもはや鳥の巣。
手櫛で整えるのも忘れて声をあげると、ピシャリと遮るように「言うな」といわれ、跡部は問答無用での手首を握ると踵を返した。
そうされると、後ろ手に引っ張られているの瞳には跡部の背中しか見えなくて、表情も伺えないまま、冷静すぎる跡部の声がただ聞こえてくる。
「てめえが越前の事をバカみたいに好きなのは、嫌なほど知ってンだ」
「…うん」
「ここでホイホイと俺に乗り換えるようなバカじゃないのも……そもそも、そんなバカを好きになった覚えはねぇ」
なのに
「言わずにいれなかった。
だから、冗談だ」
チ、と不機嫌そのものな跡部の舌打ちが響いて、は不意にジローの言葉を思い出すと、胸の奥が痛むような熱くなるような切なさに襲われた。
――ウチの部活の中では一番クールに見えるけど、ホントは一番熱くて感情的なんだ。
でもね、周りの期待にこたえたいから一生懸命背伸びして、一歩進んだ所に居なくちゃいけないから冷静な振りしてるの
ああ、この人は…
なんて強くて、優しい人なんだろう
「跡部君、ありがとうね」
【ただ、それだけの事】
「チョリソォオオォオオォォオオオオッス」
「ケチュアァアアアアアァァアップ!!」
「「お前は友だァアアアアァアアアア!!!!!!」」
出会いがしらに意味不明な単語を叫んだ上に、
バチコーンとどこからともなくとりだしたハリセンでお互いの頭をいきなり殴った姉妹は肩で息をすると、勢いよくハリセンを持ち上げて声をあげた。
「もー!心配したんだからねッ」
「こっちこそ!どんだけ奥に行ってんだよ!」
ばしん、ばしん、とハリセンの音でイマイチよく聞き取れないが、どうやらお互いの身を案じているらしい。
つーかうるさいからその音やめろ、と言ったのはどこの誰か分からないが、まったくもってその通りであると面々は深く頷いてしまう。
だが、安心より先に来た呆れが、普通の再会シーンを見せられるより元気でよかったという安堵を運んでくるのはなぜだろう――あ、この二人だからか。
妙に全員が納得したあたりで、二人はようやくハリセンを下ろすと、ぜぇぜぇと乱れた呼吸を落ちつけようと深呼吸をした。
「…よし」
「反省会終わり」
スッキリと爽やかに晴れ晴れとした表情で笑った二人。
「って今のが反省会やったんかい!」という、忍足の空気を読んでいるのか読んでいないのか微妙にわからないツッコミのおかげでようやく場の空気が動き出し、
とはくるりと自分たちを囲んでいるメンバーを見ると、深々と頭を下げた。
「「どうもお騒がせ致しました!!!」」
あらためて広場にいる人たちを見渡すと、リョーマに立海メンバー。青学に氷帝。不動峰、山吹、六角、比嘉、四天法寺、ルドルフ――そして小日向たちと千石。
事情を知っているもの、知らないもの、騒ぎの中心。そろいもそろったメンバーが自分たちを見ていることに、とは思わず頬を緩めるように笑った。
たぶん、きっと、気のせいじゃない
わたしたちはすごく愛されてる
思ってるより、ずっとずっと大切に思われてる
だから前に進まなくちゃ
「赤也君」
「何ッスか?」
「を連れて、ロッジに戻ってて貰ってもいいかな?」
不思議そうに首を傾げる赤也。
一方ちらりとを見たは「いこう赤也」というと、ぐぃと逆に彼の腕を引っ張ってロッジの方へ向かっていき、
それを視線で見送ったは小さく息を吸うと、「千石清純…」と少し離れた所に立っていた彼の名前を呼んだ。
スタスタと歩きだしたはメンバーの間をすり抜けて千石の前にたつと、見上げる。
「わたしね、キャラとしては君の事大好きなんだ。ちゃらんぽらんなのとか、女の子好きなのとか、萌えですよ」
「…え?」
「でもね、妹の好きな人と言う点では嫌い」
――好きな事を、好きって言う勇気を忘れんな。後、嫌いな事を嫌いだって思える勇気もな
「女の子の間をフラフラふらふら…清純ってピュア?アンタなんか不純で十分だっつーの!って思いますよ。
大事な妹がアンタの女癖の悪さに泣かされるなんてふざけんなって感じだし」
真顔で淡々というに辻本が声をあげようとした途端、
小日向は辻本の手を握ると、小さく首を横に振った――今口をはさんじゃダメ――辻本はついと視線を逸らすと、頷き返す。
「でも、それでもアンタはの好きな人なわけですよ。どうしようもなく大切な人なわけですよ。
それもわたしが一番よく知ってる。だから、ごめんなさい。を泣かすな、っていったの訂正します」
――今のここは、“やーが生きてる世界”だ
――だって苦しい時は苦しい顔をして、悲しい時は悲しい顔をして、泣いたり、怒ったりするから、笑顔は綺麗なんだもん
「ここはもう、わたしの知ってる世界じゃない。わたしがいる世界なんだってこと、教えて貰った。
君とが作ってく未来がどうなるかは知らない。でも、例えば幸せになるからこそ、そこに涙が無いことも絶対にないって分かったの」
――千石は今、が好きだからこそ理解出来ない事を理解しようとしてんだ。
まぁ、辻本に靡きかけたのはアイツの悪い癖だが・・・とにかく、頭ごなしに否定すんな。好きだからこそ迷う気持ちは、てめぇもよく知ってるはずだろ
「迷いもするし、傷つけもするし、傷つきもする」
――本当の恋は諦めようと思ったって諦められない
それは、君自身が一番よく分かってるんじゃないか?
――理解出来てない、恐らく一生かけても理解出来ないものを理解しようとするのが、誰かを好きになるって事だろ。
理解して改めて好きになったり、嫌いになったりするもんだ
「それでも好き。一緒にいたい」
――ねぇ、
「本当は、ただそれだけの事なんだよね」
――今目の前の人が好きって言う事以外に、何考えてるの?
この世界に来て、たくさんの事を教えて貰った。だから、今度は進む番。
弱いから、すぐに立ち止るけど、それでもいつも前を向いて生きていたいの。一歩を踏み出す勇気を持っていたい。
「だからおおいに悩め青少年!
若いっていうのはいいことだよねー、なんかもう雰囲気がキラキラしてるっていうかさー、学生してた時は全然わかんなかったけど、それってすごい事なんだぜ!!」
千石の肩をポンポンと叩くとはグッと親指を立てた。
「は傷ついてもちゃんと立ち上がる子だから。っていうか、転んでもただじゃ起きない子だから、大丈夫。わたしはそう信じてる。
でもね、忘れないで。
君がを大切に思ってるように、わたしもが大切なの。
アイツわがままだしさー、限りなくフリーダムだしさ、あまのじゃくだしさ、寝起き最悪に悪いしさ!たまにマジでムカツク時あるけど!
…んでも、それ以上に大切で可愛い妹なのですよ。
よって、君は嫌いだけど認めることにした。の好きな人だからね、ま、大丈夫なんじゃない?
っつーわけで。泣かせることに口は出せないけど、殴らせてはもらうから。
あースッキリした!
言いたいこと言うのっていいね!
千石君。もし何か意見があるならいつでもどーぞ。二十四時間営業しております。あ、嘘。睡眠時間は営業時間外ね」
あはは、と笑ったは小日向に視線を向けると「ありがとう」とふわり微笑んだ。先ほどの辻本を制してくれたことに対してだ。
彼女もにこりと微笑んで、は納得いったような表情で踵を返して歩き出す――よく喋った。
「…あのさ、辻本さん」
千石の声に首をあげた辻本。
彼は呆気にとられた顔でポツリと呟いた。
「結局殴るんだ、ってのは意見に入ると思うかい?」
「……たぶん、ツッコミに入ると思います」
ぷは、と我慢の糸が切れたように千石と辻本、小日向が噴き出すと、波が広がるようにメンバーに笑いが広がっていき、
その様子をモニターで見ていた先生方が「いいなあ、楽しそうだなあ」なんて寂しそうに言っていたのはまた別のお話なのである。
さあ、
明日からどんな未来を創っていこうか?

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