「ただね、俺思うんだ」

突然喋り出した千石に「ただねの接続詞がよくわかりません」とツッコミを入れて見たがスルーされた。
ちゃんってさ」





【62.言いたいこと】





言いたいことは全部言うようにしよう。うん、そうしよう。
が一人で言っていたのを思い出して、食事中隣に座った千石に「あたしも言いたいことがあったんです」と話す。


「前千石さんは黒髪似合わないって言いましたけど、ちょっと想像してみたら黒髪で黒ぶち眼鏡だと超萌えるんです」


それってただ黒髪黒ぶち眼鏡だからじゃね?という遠くからののツッコミが聞こえたような気がしたが無視の方向で行こう。
「だから千石さんはなんでも似合うかもなー、っていうのを言いたかったんですよ」


もぐもぐとおいしそうに料理を頬張りながら続けたは目の前に座っていた赤也の皿の料理も手を伸ばしてその箸で横取した。
それも口に含むとへにゃーっと笑って「おいしい」と呟く。


しばらく黙っていた千石が発した言葉。そこで冒頭に戻る――「ただね、俺思うんだ」


ちゃんってさ、の続きの言葉を待っていると千石はとは逆の隣にすわっていた南の皿の料理を横取する。
それを口に含んで「おいしいねーこれ」と言ってから続ける。


ちゃんって人にくっつくの好きだよね」


はい?と首を傾げながらなずなは千石とは逆のに座っている祐太のぶんのジュースを自分のコップに全部移して千石を見た。
「そうですかね?」「うん、そうだよ」
千石は目の前の柳のジュースを「もらうねー」と一口飲んでから答える。


「というかお前らフリーダムすぎないか?」
「突然届いたメールにタイトルをつけて返した今偶然誰と一緒にいるでしょうか〜」


南の言葉に急に歌いだしたにぎょっと目を見開いて「何でそこで歌うんだよ」と祐太がツッコミを入れた。

「フリーダムっていう歌だよ、青酢の」
「青酢って誰だよ」

赤也が聞くと、はけらけらと笑って近くに座っていた手塚を指差す。

「手塚と不二とリョマと大石の歌」

ほぉ、と言葉を漏らしたのは柳で「他にも歌を出した奴がいるのか?」と興味津々に聞いてくる。
「えーみんな出してるよー。ソロじゃない人もいるけど主要と基本ライバルは大抵出してるよ。もち柳も」


「俺は俺は!?」
「赤也も出してるよ。二曲か三曲ぐらい」


うわーと顔を紅潮させた赤也につい噴き出すと、思い出したようにツンとそっぽを向いて「なんだよ」と突き放す。
未だ赤也の怒りは進行中でついでにちゅーの真実にブン太だって千石さんだってプチ切れ中だ。


「もーしゃーないじゃんしちゃったもんは。んでしゃーないじゃん言っちゃったもんは。
あの時あたしも色々焦ってたわけですよ」
「そんなことで許されるか!俺がどんだけ恥ずかしい思いをしたか…」


んがーっ!と叫んだ赤也をエアーな方向で認識(無視ともいう)して、赤也の皿の料理をまたも奪い取る。
「あ、そうそう」
は千石の方を向くと「どんなところがですか?」と話を掘り返した。


「よく人と手つなぐでしょ」
「あーそうですね。でも引っ張られるっていう形もありますよ?」
「でもつなぐでしょ」


んーと思いだすようにして唸ってから、「まあそんなこともあるようなないような」と本人は無自覚のようだと千石はため息をつく。
「あと嬉しいことあるとハグするし、人との距離が近いし」


「ハグするのは外国人も一緒ですって!嬉しいし可愛いし萌えるからするんですよ。
あと人との距離が近いのは最初にブンちゃんがむやみやたらに接近してきて最近慣れて来たからです、多分。
それにそれが男子だから千石さんは気になるんでしょ?それはしょうがないですよ、だって9割は男子だし」


ざっとその場を眺めて見る。多い人数の中女子はたった四人だ。
ー!わいと一緒にチョコケーキ食べへん?」「あ、食べるたべる―」
にこにこと寄って来た金太郎からチョコレートケーキを受け取って一緒に「おいしー」とハモる。


ってホント自由人だよな」
「今に始まったことじゃないだろう」


祐太と柳の会話は聞こえているはずもなく、はまたも思い出したように「それでー」と話を掘り下げた。

「千石さんがいいたいことってつまり?」

噛んでいたものをゴクリと飲み込むと千石はの方を向く。


「うん。俺が言いたいのは…「あ、舌噛んだ」…ちゃん…」


こめかみを押さえるしぐさをした千石に「ごめんなさーい。で、なんですか?」と何事もなかったようになずなは笑う。
「うん。だから俺が言いたいのは…」


「ぎゃーッ!むかでぇええええええ!!!!」


ヒッと声をあげて千石も飛び上がった。の足元にはたくさんの足を持つムカデがうにょうにょしている。
は目の前の金太郎が「どないしたん?」と場の様子についていけてないのと一緒に彼が素足であることを見つけた。

「金ちゃんこっち!素足なんだから危ないよ!」

金太郎の手を引っ張って自分の椅子に一緒に座らせる。
ムカデが方向転換しての方を向くと、「いやぁあああっ!うにょうにょダメッ」と飛び上がり、金太郎もムカデに気付く。

「うわぁああああ!白石しらいしシライシーッ!やばいでムカデや刺されてまう!」

二人でぎゃぁぎゃぁ騒ぎ、ムカデがと金太郎の方に向かって進んでくると二人は顔を真っ青にしてお互い飛びつくように抱き合う。


「こっちくる!こっちくるこっちくるこっちくるぅうううう!」
「嫌やいややイヤヤーっ!助けてぇな!」
「無理だよあたし足がいっぱいあったりうにょうにょしたりするのが一番ダメなの!誰かッ!誰かヒーローはいませんか!」


騒がしい二人に辺りもざわつきだして、まるで二人が騒いでいることを知っているようにムカデはの座っている椅子の足を登ろうとしている。
もう声も出せないほどの恐怖に襲われている二人はぎゅぅっと抱き合ったまま固まってしまってもうすでに昇天しようとしていた。


パシン


乾いた音と一緒にムカデが椅子の足から地面に落ちる。呆れた顔をしているのは跡部で、ムカデを叩いたのは樺地だった。
「テメーらアホか」と跡部がいうのと同時に樺地はほとんど瀕死状態のムカデをつまむように持ち上げる。


「いぃやぁあああああ!!」
「悪夢や!これは悪夢なんや!白石の毒手の毒を食らったんや!こんな悪夢があっていいはずがない!こっち向けたらアカンぅ!!」


それを勢いよく茂みの方に投げた樺地の姿を見て、二人はほぼ同時に安堵のため息を零して心臓のところを押さえた。
跡部はぴくりと眉を動かすと「お前ら食事中にぎゃーぎゃー騒ぐんじゃねーよ。うるさくて…」とまでいいかけたところに蹴りが一発。


「るっさいなこのアホ―ベ!お前だって樺地君がムカデ持ち上げた時三歩ぐらい下がってたじゃんか!偉そうにいうな!
じゃあアンタのところにムカデが言ってたらビックリしなかったの!?え?ビックリしたデショ、悲鳴あげてたかもしれないでしょ!」
「せや!わいらが悪いんちゃう!ムカデさんが悪いんやねんか!」


べーっと舌を出すといーっと威嚇するように歯を見せた金太郎を交互に見てから、跡部はこめかみを押さえた。
「お前らホントコンビでも組んだらどうだ」


「あ、いいね!あたしツッコミね金ちゃん」
「いやいやはボケやろー。…ん?跡部がツッコミでわいらがボケになったらええんちゃう?」
「あぁ!いいね!トリオだー」


すっかり盛り上がって出来上がってしまっている(ようにみえる)二人は跡部を巻き込んでわいわい騒いでいる。
跡部の隣の樺地も話の中に入っていて「な、樺地ええよな!」なんて金太郎に言われて頷いたりもしていた。


「あ、あたしトイレ」


スパンと叩かれて「お前はデリカシーを持て」と跡部に言われたのもへらへらと笑ってごまかしてそそくさと出ていく。
その後ろ姿を眺めながら金太郎は「やっぱわからへん」と首をかしげた。

「どこがちがうんねやろ?全部一緒や。話す言葉も書く文字も、生活も。なんも違わへん。
なのに何で異世界とかいわなアカンの?わいらのことしっとるから?んなのどうでもええやん」

傍にいた祐太や南は思わず顔をしかめるとそれをかき消すように料理を頬張る。
それを眺めていた跡部は金太郎の赤い髪をかきまわすように撫でると、「しゃーねーよ」と呟くように言った。

「俺らがしらないことをあいつらは知ってて、俺らがしらない思いをあいつらは抱えてた」

ふぅん、と大して理解していないような返事を返したかと思うと、金太郎は跡部を見上げてにぃっと歯を見せる。

「じゃあわいらが知ってることをちゃんやちゃんに教えればええんちゃう?」
「…まあ…そうだな」







茂みの中に来るとは自分を呼んだ人物が現れるのを待った。
ガサガサ、と音がして現れたのは長い金髪をなびかせた凛で、どかりと地べたに座り込む。

「あのさ凛さん、」
「ぬーもあびらんで聞いてくれ」(何も言わないで聞いてくれ)

も地べたに座りながら話しかけるとさえぎられて黙った。
静けさが二人を包んで遠くでみんながご飯を食べながら騒いでいる音がやけに大きく聞こえる。

跡部や金太郎と話している時に遠くで凛が手招きしたのが見えてここの茂みまで来た。
も言わなければいけないことがあって来たのだが、黙っていてくれと言われると言えなくなってしまう。


「やーのことをしちゅんやっさ」(お前のことを好きだ)


つい開こうとした口をぎゅっと結び直すと、はじっと凛が続けるのを待つ。
「やーと会った時」
凛はあぐらをかいて口元に手を当て、顔は見えないようにとから逸らしている。


――”お遊び”?あんた喧嘩売ってんの?
「わったーは死ぬほど練習してきたさー。全国大会で優勝してうちなーぬ名をとどろかせてやる。本土の人間なんかにまけるつもりはないやっし」


何周グラウンドを走っただろうか。血を吐くほどに喉が熱くなって、それでも膝をついてしまえばレギュラーに入れなくなる。
努力は怠れない。誰にも負けることはできない。
何度海に身体を投げ入れただろうか。疲れて重い身体を引きずるようにして海に入って息も苦しくなりながら絶えた日々。

あの瞬間、まるで走馬灯のように練習の記憶がよみがえった。
がもしウチの学校にいたら、こんなに辛くなかったかもしれないと幾度思ったか。


――みんなは大会の時、普段とは比べ物にならないくらい、すっごい強くなるんだから
「やしがきつくて、嫌だったさー。その度に支えが欲しくなった。そんときやーがあびたんさ。
どれだけ練習して、自主練して、一生懸命戦ったかも知らねーらん癖によくお遊びとかあびるなって」
(だけどきつくて、嫌だった。その度に支えが欲しくなった。そんときお前が言ったんだ。
どれだけ練習して、自主レンして、一生懸命戦ったかも知らない癖によくお遊びとか言えるなって)


沖縄に帰ってからは少しだけ練習も辛くなかった。その言葉を思い出すとなんとなく力を貰えた気がしたから。
「まるでわったーの思ったことと一緒だったから。くぬしゃーが支えやたんらよかったのにって思えた」
(まるで俺たちの思ったことと一緒だったから。こいつが支えだったらよかったのにって思えた)


――みんなからあたしへの愛!愛!愛!!
「やーが傍にいたら強くなれる気がしたんやっさー」
(お前が傍にいたら強くなれる気がしたんだ)


自分に自信を持てる気がした。もっと毎日が楽しくなるような気がした。
辛い日々も一言一言で楽しさへ変えてくれてくれるような気がしていた。


「やーはぬーもあびらんでくれ。わんはいつでも本土の人間なんかにまけるつもりはないさー。やしが、勝てねーらんときもある。
本気でやーがあぬひゃーぬことをしちゅんなことはわかった。だからもし、すぐにあぬひゃーと別れたなんて言いやがったら許さねーらん」
(お前は何も言わないでくれ。俺はいつでも本土の人間なんかにまけるつもりはない。でも、勝てない時もある。
本気でお前があいつのこと好きなことはわかった。だからもし、すぐにあいつと別れたなんて言いやがったら許さない)


――「じゃっ、じゃあ!あたしもリンリンって呼んでいいですか?!」
「やーが異世界の人間だからとか関係ねーらんばーよ」
(お前が異世界の人間だからとか関係ないんだ)

――「あのね、もし・・・もし、あたしがあたしじゃ無くなっても、凛さんはあたしのこと覚えててね」
「会えたんだからきっとそこには意味があるはずだからさー」


それが例え千石か自分かで意味が違ったとしても、そこに存在する理由はなくてはならなかったものだと信じたい。
抱えたキセキに間違いはなかったと信じていたい。



立ち上がろうとした凛の手を引っ張ってもう一度座らせると「凛さんは黙っててください」とは声を押さえて言った。
震えるようなか細い声はいつもの彼女のものと同じものとは思えないほどだ。


「繋がってる証。再会の証。この二つのネックレスくれて凛さんがそう言った時あたしすごく嬉しかった。
自分はまだこの世界にいていいような気がした。自分の存在理由がそこにあるような気がした」


――「うりー(ほら)、もっとけ。ペアのネックレスは、繋がってる証し。このネックレスは、また会ったときに返せばいい。再開の証しばぁよ。
   だから、ちゃんと二つとももっとけ。最後みたいなこと、言うな」

「好きになってくれてありがとう。あたしにたくさん勇気をくれてありがとう。凛さんに会えてありがとう。って」

――「リンリン!また会おうね!」「おう!」
「言いたくて。まだ持っててもいいかな?このネックレス」



「おう」と、ただ一言だけ残してみんなのところへ姿を消してしまった凛に、もう一度「ありがとう」と呟く。
入れ替わるようにしてやってきたのは千石で、の隣に座るとふぅ、と息をついた。


「俺が言いたかったのは、愛されてるよねってこと。ちゃんにしてもそうだし、平古場君にしても丸井君にしても赤也君にしてもそう。
手つないでもくっついてもハグしても嫌がられないのは、ちゃんとみんなに好かれてるからだと俺は思うんだよね。
そんなちゃんってすごいと思うんだよ」


星の浮かぶ夜空を見上げたはしばしの間黙っていたが、「あたり前じゃないですか」と言うと千石の方を向く。
笑ってみんなが騒いでいる方向を指差す。


「だってあたしみんなのこと大好きですもん」


二つのネックレスをぎゅっと握ると呟くように「会えたんだからきっとそこには意味があるはず」と先ほど凛が言っていた言葉を繰り返す。
大好きだからここに来た。大好きだからここに来ることができた。ここに来ることができたから生まれることがあるはず。


「まだまだ、言いたいことたくさんあるんだよね」


言いたいことは言わなきゃ。伝えたいことが伝わらないことほど悲しいことはない。
ただみんなに一番言いたいのは、「ありがとう」の一言。