ビーチバレーボール大会は、出場者はもちろんのことだが、周りの選手も異常なほどの盛り上がりを見せている。
佐伯・vs観月・橘戦は白熱の末佐伯ペアが何とか勝利をおさめ、は観月に讃美歌を歌ってもらう約束を取り付けた。橘さんには手料理をふるまって貰うことになっている。


――負けた身でいうのも何なのですが…あなたの本当の名前、教えていただけますか?

なんていいつつ観月がふわりと笑ったのを思いだしながら、はフラフラと人波を外れて木陰を探しさまよいはじめた。


「暑い…焼ける……」

日焼け止めは念には念を入れて塗ってあるのだが、じりじりと肌が焼ける音が聞こえてくるようだ。ようやく小さな日陰を見つけてしゃがみこんだは、ため息を吐くと膝を抱える。
「みんな元気すぎるよ」

遠くで手塚・小日向vs白石・辻本の試合がはじまった笛の音が響いた。途端に湧きあがる歓声。
の試合までには戻らなくちゃなあ、とぼんやりとした頭で考えていると、意識が一気に引きもどされるほど冷たいものが腕に触れては飛び上がった。
「ぎゃ!?」

「水」

顔をあげると、無愛想なリョーマが水を突き付けている。どうやら水のボトルが肌に触れたらしい、と理解するまで約三秒。
はパチリと瞬きをすると、「ありがと」といって水を受け取った。

「ちゃんと水分取らなくちゃ、熱中症になるでしょ」
「あー…どうりで頭がぼーっとすると……」

の言葉に小さく眉間に皺を寄せたリョーマは帽子をとると、の頭にかぶせた。ぽふ、と空気がなる。

「あの様子じゃ、まだ試合まで時間ありそうだから。ちゃんと水分取って休んだほうがいい…いくら姉貴の身体とはいえ、自身の運動経験は高が知れてるでしょ?」
「そこまでいう?」
「俺はいったけど」

「ですよねえ」

冷たい水を一口飲むと、少しだけしょっぱい。あ、塩が入ってるんだ、とはもう一口喉に流し込む。
かなりキンキンに冷えた水だ。もしかしたら試合の間中ずっと冷やしていてくれたのかも知れない。それで、試合が終わったから取りにいってくれてた?――は帽子のなかでへにゃ、と笑う。

リョーマはうつむいたため、帽子のつばに隠れて見えない彼女の表情から視線を外さずに、「佐伯さんは?」と尋ねた。
「終わってすぐ六角の子たちに囲まれてたんだけど…そうしてるうちに不動峰とルドルフが"勝ったんだから優勝してくださいよ!”って激励に来てくれてね。
嬉しかったんだけど休みたくてどうしようかなあって思ってたら、佐伯君が一人で請け負ってくれたの」

「ふーん」

隣で砂を踏む音がして、リョーマが座ったのが分かった。が少し横にズレて木陰をあけると、リョーマは「別にいい」といって片膝を立てる。
「よくないよ。帽子わたしが借りてるし」
「へーき。俺ほどマヌケじゃないから」


チクチクと棘が節々にある言葉。
は押し黙るようにリョーマを見ると、おそるおそるといった態で尋ねてみた。

「…リョーマもしかして……機嫌悪い?」


「今頃気づいたの?」

「……」

思い当たる節が多すぎる。
そもそもこのドキサバに突入してからまともに話した記憶がない。
改めてそれを思い出したはなるほどマヌケなうえにアホだな、と自分のことを称して体操座りをした膝に顎をのせると、「ねえリョーマ」と声をかけた。

「…何?」


「マヌケついでに、もう少しだけ待ってて欲しいの」

何を、とは言わない。
リョーマが待っててくれてるかなんてわからない――そこまで思考がおいついて、は「あ」と声をあげた。

「待っててくれなくてもいいや。わたしが追いかけるから。今はまだ、先につけなくちゃいけないケジメがあるから無理だけど…ちゃんとリョーマに伝えさせて欲しい。


違う世界、とか
本当の姿じゃないから、とか

これから先のこととか


そういうこと抜きにした、素直な気持ち。追いかけて伝えるから」


ふーん、と小さく声が聞こえる。

「せいぜい急いだほうがいいんじゃない?置いてくから」
「あはは。頑張る」

からりと笑ったにリョーマはム、と口先を曲げると、面白くなさそうな顔のまま、水を持ったの腕を突然握った。驚いてギョッと目を見開いた瞬間、浅くかぶっていた帽子が落ちる。
瞳いっぱいに映るリョーマの生意気な笑顔。

「嘘。
トロトロしてたら、腕引っ張ってでも連れてくからね」


掴まれた腕から一気に頭の天辺とつま先に熱が広がる。真っ赤になったが口をパクパクとさせていると、試合終了の合図が響き、「勝者、手塚・小日向ペア!」という南の声が響き渡った。
リョーマはちらりと後ろに首を巡らせると「そろそろ真田さんたちの試合だね」といって立ち上がり、の横にあった帽子を拾うと、再び彼女の頭にのせる。

「頑張れ」


揺れる髪、ふわりと風をうけて青学のジャージがはためく。はぎゅ、と水を握りしめると、眩しそうに目を細めた。


(ああ…。あなたを想うだけで)

「…うん!頑張るッ」


(わたしは――





どんな場所にいても、光を感じられる気がするよ)







【ビーチバレー大会!? 中編】






思い切り惚けていたがハッと己を取り戻したころにはなぜか会場はシーンと静まっていて、
不審に思った彼女が立ちあがってズボンについた砂をはたいていると、ワンテンポ遅れたざわめきが波のように広がった。

「しょ、勝者…真田・ペア!」

(おー、勝ったんだ)
結局見逃しちゃったぜ、と苦笑いを浮かべながら輪の中に入ると、「軍師だ…」と呟く声が聞こえる――首を巡らせると、そろいもそろって緊迫した雰囲気を残したまま、
選手たちは一応に「軍師だ…」という言葉を呟いた。


「軍師?」

みんなの視線の先には跡部・木手ペアと握手を交わしている真田と。首を傾げていると、むふふと笑ったは木手を指差した。

「木手さんの髪下ろしたところ見たいなッ」

「……負けは負けですからね、仕方ありません…」
「やったぁ!」

両手をあわせてぴょこんと一跳ね。跡部に視線を向けたはみるも鮮やかな笑みを浮かべた。
「アホベ様にはね…」







「え?軍師っての事だったの!?」
ビーチボールを両手で持ったが驚きに声を裏返すと、佐伯は「まあね」とジャージのファスナーに手をかけた。次は手塚・小日向ペアとの試合だ。

「あれは…うん、何て言うか、すごい斬新というか…切原さんどこからどこまで本気かわかんないからさ、結局跡部・木手ペアは振り回されっぱなしだったというか」
「あー…」


これで確実に跡部と木手の溝は更に深まったぜ?


「ハァッハッハ!ハーッハッハッハ!真田ぁ、Drinkだ」と、なぜか真壁翼(ビタミンX)になりきったに、呆れた表情を浮かべつつドリンクを渡す真田。
ぐぃっと飲み干す彼女を横目にはため息をついた。

「手塚・小日向ペアに勝っちゃったら、アレと戦わなくちゃいけないんですよね…?」
「うん。そうなるね」

「……」


もー手塚が勝ってもいいなあ
なんて準備運動をしながら考えていたは我に返ると「ダメだ!」と大きな声をあげた。選手たちがその声の大きさにビクリと肩を浮かせる。


「わたしには…負けられない理由があるじゃないかッ」


メラメラとやる気の炎らしきものを燃やしているに、佐伯が「そういえば、手塚君に何を言って貰うのにそんなに張り切ってるのかな?」と聞くと、彼女は「いやあ」と照れた顔で後ろ頭をかいた。
「実は…」

ちょいちょいと手招きすると、佐伯が耳を寄せる。


「手塚君に……」


ごにょごにょごにょ
耳打ちされた佐伯は呆気に取られたような顔をすると、視線を上に持ち上げて何かを考えたのち、「はは!」と笑った。

「それは見てみたいなぁ!よし、じゃあ頑張ろう」
「おー!」




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イメージ曲:ミ/スチ/ル 「GIFT」