もう何時間経っただろうか。ブン太は時計をちらりと見る。すでに二時間が経過していた。
がブン太のいるロッジを尋ねてきてから二時間。あと二時間もすれば昼の全体会議が始まるだろう。

「端的に言おうぜ。埒があかないしよ」
「うん」

ふぅと二人で同時に息をついて、ブン太は汗をかいたコップに入った麦茶を一気飲みした。


「お前が千石好きなのは前から知ってたし俺はそれを承知でお前のこと好きになったわけだから、最初から実を言うと諦めはついてた。
だから逆に吹っ切れてよかったな―っていう気持ちもあるのはある。でも好きなもんは変わりないしすぐにもう好きじゃないですとは言えない」

「ブンちゃん大好き。でもあたしの中心は千石さんなんだ。すんごい自分勝手なのはわかってる。そんなあたしでも好きなってくれてありがとう」


ふぅ、と二人同時に安堵のため息を零して笑い合う。「食堂でも行ってつまみ食いしに行くか」「そだね」


なあ、もういいんだ。お前がこれから幸せになるならさ、俺は全然引いたって痛くもかゆくもないよ。
なんて半分嘘っぱちだけど今はそう言わせてくれ。そうしないとすぐに押しつけてる気持ちが溢れだしそうで。

なぁ俺、もういいだろ。これからもを守ってく自信あるし、千石に負けないくらいの隣にいる自信もある。
なんて確信もできないことに自信をもたせておいてくれ。そうしないと我慢してる言葉たちがふいに漏れそうで。


――「お前を愛してる」


その言葉だけは本気だったから。この想いはずっと忘れない確信があるから。
だからよ、ちょっとはホントなんだ。お前が幸せなんなら、俺はむしろ嬉しいぐらいなんだぜ。


「俺はお前の味方だかんな」
「…うん、ありがとう」


そうやって嬉しそうに、そうやって幸せそうにお前が笑ってくれるんなら。


「いこう、ブンちゃん」


なぁ、俺お前のこと好きになってよかったよ







【ありがとうの言葉たちを、】






「あ」「え」


場の空気を呼んだのかそれともいつも通りの気分なのか、その時だけ気付けば声を出していた。
振り向いた辻本も小さく声を漏らし、しばらくの間二人で見つめあっていたのだがが思い切り顔をしかめる。

「いやいや、見つめあうとか止めようよ気持ち悪いよ」

気持ち悪いの部分をジェスチャーするかのごとく両手で肩を掴んでぶるぶると身震いしてみせた。


「ねぇッ!」


踵を返して帰ろうとしたのを背中から辻本に声をかけられて振り向くと、彼女は怒りに震えるように怯えるように、二つの拳を作っている。
続きを言えと促すように黙っていると、「明日、何の日か分かるでしょ」とぶっきらぼうに言った。


「ん?明日?なんかあったっけ…あぁ!あれね!きょ…んにゃ、なんでもないわ。とりあえず何があるかはわかったよ」


いってらっしゃい


へらっと笑うと辻本は目をまん丸にした後ものすごく顔を歪めて「何その余裕」と下唇を噛みしめる。



「なんで!?何があたしたちと違うのさ!何がヒロインなのさ!関係ないじゃんか、あんたたちの方があたしらから見たらヒロインじゃん!

すごく自分勝手でわがままなのに、みんなに信用されてて
すごく気分屋で子どもみたいなのに、みんなから可愛がれてて

こっちにしたらうらやましい以外の何物でもないのに…なんであたしらがずるいのさッ!


当たり前じゃん。居場所作りたいよ、仲間が欲しいよ。だってあたしたち何にもないモン。アンタたちは始めから皆と仲間で。けどあたしたちは違った。
何にもしないで信用が得られるわけないよ!あたしたちだって努力しようとした。あたしたちもせめて力になれるように、邪魔にならないように輪の中に入ろうって。

一言で世界丸ごとの幸せなんてもらえるわけない。あたしたちは今ここに生きてて、アンタたちと同じように生活してるじゃんか。そうでしょ?
何も違わないのに、誰がヒロインなのかなんてわからないよ」



はぷっと吹き出すと、弾けたようにケラケラと笑って仕舞には辻本を指差して涙を流さん勢いだ。

「もー、これだから素直なやつって嫌いなんだよねー」

大爆笑しながらそう言って、辻本の胸倉をつかんで自分に引きよせた。顔面すれすれのところで止めてキッと睨んだかと思いきやにっこり笑う。


「あたしはっきり言うの嫌いなんだけど、君ってはっきり言わないとわからなそうだから言うよ。
あたしと君たちは根本的なところが違うんだよ。君たちはこの世界に生まれた。あたしたちはこの世界に生まれなかった。

ただね、その何も違わないって言葉あたし好きだよ。そうだね、君たちと今は同じように生活してる。あたしたちがヒロインにもなれる。
んーいいねーそれ。でも残念、あたし根っからのヒロイン嫌いだからヒロインにはなろうと思わないわ。


けど君たちと今は対等ってことが分かったよ。君たちも頑張ってる。うん、いいことじゃん。あたしたちも頑張ってるからさ。対等上等?
まぁ一つ言うとしたら、さっきのいってらっしゃいは余裕じゃなくて僻みだよ。これから千石さんとらぶらぶイチャイチャするんだろうからさーうらやましいし。


でも全然気にしないよ。だから何?って感じ。あたし君たちに負けるつもりないし負けてやろうとも思わない。だからこれは譲ってあげるだけ。
あたし走りまわったりするの嫌だからさ、あのイベントには参加したくないわけよ。千石さんのことは一応だけど信用してるしさー


だからさ、これからも頑張って頂戴よ。あたしたちに勝てるぐらいにさ。あたし君たちのこと大嫌いだから、嬉しいよそう言ってくれて――ありがと」


ひらひらと手を振るの背中にぽつりと呟く。

「ホント、マイペースで自分勝手。…あたしだって大っきらい」








「おいしかったー。やっぱつまみ食いが世界で一番おいしい。…訂正、の料理をつまみ食いするのが世界で一番おいしい」
「だよなー。の姉ちゃんの料理って絶品だわ」

見つかってしまってすっかりたんこぶもできてしまったが、二人して上手く言い訳して逃げるとすでにお日様が真上に上がっている。


「あーテニスしてー」
「してくればいいじゃんか」

ブン太はちらりとの方を見ると「今日はコート空いてねーの!」とぶっきらぼうに答えてずんずん前を歩いて行った。
しばらくその行動の心理を読もうと考えてから、「あぁ」とは一人納得するように零して苦笑を零す。

「大丈夫だよ、あたし大して気にしてないからさ」

足をとめたブン太はを振り向くと「バーカ」と暴言を真顔で吐いてそのまままた前を向いて歩きだしてしまう。
「ブンちゃんってば口悪い。…成敗!」
にげんこつで殴られたところをぺちっと叩くと「いってぇ!」と声をあげてうづくまった。


「さーブンちゃん、テニスでもしにいこうか」
「お前へったくそのくせして」


今度はグーで殴ると声にならない悲鳴をあげて倒れたブン太に「その口きけないようにしてあげるよ」とにやりと笑ってコートの方に向かう。

さて、どうやって負かそうか