見慣れた後ろ姿に現状を理解して、姿に似つかないほどそわそわしている背中に飛びつく。――自分の背中に飛びつくなんてもう一生できないだろう
驚いて振り向いた自分の顔は、見慣れているはずなのに自分は絶対しないような顔をしていた。ああ、さんなんだなぁ
「久しぶりー!…はじめまして?だよね多分。なんか初めて会った気がしないなぁ」
「そう…だね、私も」
こそばゆそうに笑った彼女にキュンキュン来てしまったはぎゅぅっと抱きしめ、「かーわいいなーもう!」と頬ずりする。
「わっ!あ、あの!」
困ったさんの声は耳にも入っておらず、やっと気が済んだのかは本題を述べた。
「もうすぐなんだね」
「はい。後…三日ぐらいかと」
悲しそうな顔をしたさんににっこり笑って「そんな顔しないでよ」と言うと、彼女もにっこり笑う。
「こっちに来てたくさんのことを、学びました。家族にこそ話さなきゃいけないってこと、自分の気持ちをはっきり言ってもいいって事。逆に捻じ曲げて伝えてもいいって事。
こんな生き方もあるんだなって思ったの。全然、そんな生活考えもしなかった。自分は何にもできないような気がしてたの」
「そんなことあるわけないじゃんかー」とカラッと笑いのけたはくるりと回って見せる。
「さんってば可愛いし勉強もできるし優等生キャラだし、何より一番得なのは赤也の妹ってところかな!シスコン赤也萌え死にしちゃうぐらいだよ。
しかも立海に通ってるしさ―この世界に生まれててさ―なんてぇの?うらやましい?」
クスクスと笑ったさんは「これがちゃんなんだね」とぽつりと呟いて、「私ぜんぜんちゃんになれなかったな」と続けた。
「何人かにばれちゃったの。何でわかったの?って聞くとね、みんな”はもっとはっちゃけててうるさくてマイペースだ”って言ってた。ホントにそうみたい」
げぇっとは下を出して「帰ったらこらしめなきゃなー」とブンブンと肩を回す。
「安心して、あたしもぜんぜんさんになれなかったから。ちょっとムカついてさ、切れちゃったらそのまんま連鎖でさん=最凶のイメージつけちゃったよ、へへ。
だからお互い様。でもね、入れ替わってようが元に戻ろうが、あたしはあなたであなたはあたしだった。それは事実でしょ」
自分は千石さんに会えた。立海のみんなに、テニプリのみんなに会えた。さんはちゃんと自分を見つめ返せた。それだけで大きな成果じゃないか。
「赤也ってあんなに酷いテニスしてたのね。私ビックリして泣いちゃったの。帰ったらちゃんと怒らなきゃ!」
「うんうん、きっとさんが言ったらちょっとは止めるよ赤也も」
二人で大笑いして、最後に抱き合った。
「もう大丈夫だよ、さん。帰ってもね、立海のみんながいる。さんいじめるやつはみんなあたしがぶっ飛ばしたから、堂々としてていいんだよ。
辛くなったらあたしのこと思い出してよ。自分勝手にわがままにしていいんだって思い出して?」
「うん、ありがとう」
【幸せな世界!】
「あぁー?知らないよそんなのー。なんとなく後三日のような気がしただけ。
はぁ!?
だから絶対なんだってば!気がしたって言うのはなんていうか…ああもう!後三日なの!
うるさいうるさいうるさぁあああい!!ごちゃごちゃ言うな!黙れこの泣きボクロ!るっさいチビ言うな!もうせっかく親切で教えてあげたのに!バイバイさようならッ」
ブチッと音がしそうな勢いで電話を切ったは布団に頬り投げていた立海のジャージをひったくるようにして取って、家を出た。
「おはよう柳!今日も爽やかな感じでイイね!」「おはよう。そうか、ありがとう」
校門のところで出会った柳と一緒に部室を目指して歩いていると、途中で亀のようにゆっくり歩く銀髪とその隣を歩く変態紳士を発見しその背中に飛びつく。
「おはよう仁王!今日もエロいね!」
「おはよう、じゃ。お前さんも元気でいいの」
「ありがと!柳生もおはよう!今日も変態オーラむんむんでイイ感じだね!」
「おはようございます。褒め言葉と受け取っておきましょう。」
仁王がそのまま歩いて行くのでもそのまま仁王の背中に乗っていると、後ろにぐいっと引っ張られた。
「貴様は!自分で歩かんか!」
「あ!ラスト侍おはよう」
真田が拳を握るのをにこやかに見守って、その後脱兎のごとく駆けだす。そのを鬼の形相で追いかけまわす真田をジャッカルが苦笑して見ている。
「よぉジャコ。今日はブンブンとは一緒じゃないんかの」
「あぁ。あいつ寝坊してな」
置いてきた、と言おうとしたジャッカルに後ろからとび蹴りをかましたのはブン太で、「妙技、姉の悲劇再び」と可憐に着地して見せた。
「青学の監督は全治三週間だったらしいな」「おう。さすが最凶姉妹だろぃ」
「おぉおおおおおをうっ!?ちょ、丸井先輩邪魔!」
ガツン!とブン太にチャリで激突をかまして赤也が参上。「おはよう赤也。今日も元気だなお前は」「ありがとうございまっす柳先輩」
「笑い事じゃねぇえええ!つぅか超いてぇ!」
へらへらと笑いながら「だからどいてくださいって言ったじゃないっすか」と言った赤也をグーでブン太が殴った。「お前邪魔って言っただけだろうが!」
「きゃぁああ!助けてっ」
遠くで悲鳴が聞こえてそちらを向くと、が幸村の背中に隠れて真田から逃れようとしており、幸村が真田をなだめている。
「まぁまぁ。に常識なんて似合わないだろう?」
「え、ゆっきーそれなんかあたしけなされてない?普通にけなされてない?」
やっとレギュラー陣+がそろって、幸村が「おはよう」とみんなにあいさつしている時にはふとごく自然に、忘れ物を思い出したかのようにぽつりと言った。
「あ、そう言えばあたしあと三日なんだー」
ピキ、と空気に亀裂が入ったような幻想が見えては目をこすり、「どうしたの?」と首をかしげる。
「ワンモアプリーズ」
赤也の言葉に「赤也英語へたくそ―」と笑ってから補足をつけてもう一度。「あたし後三日で元の世界に戻る」
突然頭に衝撃が走ったかと思うと、真田ではなく幸村が拳を握ってにこやかに微笑んでいた。――今の、ゆっきー?
ものすごい恐怖を感じてもへらっとぎこちなく笑ってみせると「なめてるんだよね、それって」とわけのわからない言葉がかかる。
「えっと…はい?」
「だから、それって俺たちのことなめてるんだよねって言ってるんだよ。何そのいまさら。三日何かすぐじゃないか。どうするんだよ」
「いやどうするもこうするも…どうしましょうかねーはい」
その返事に幸村の笑みが更に濃くなった気がしてヒィっとは息をのむと「す、すいません!」と思わず謝った。
「なんで黙ってたの」
「だってあたしも今日の朝さんと会って…「と会った!?」…う、うん。夢の中で」
突然の赤也の乱入にどもりながら返事すると「そうか」と急にトーンを落とす。――え、あたしなんかしたの!?
どう考えてもが悪い感じの空気に思わずもそもそと小さくもがいていると、ブン太が「よし!」と手を叩いた。
「今日は立海大付属テニス部お別れ会にしようぜ!」
「そうときまったらやっぱり記念撮影ですね」
さっさと話が進んで行って遅れているは「え?は?」とせわしなくみんなの方を見る。
「よっしゃジャッカル買って来い!」「やっぱお別れ会と言ったら部屋の飾りつけじゃろ」「じゃそれも買って来い!あとジュースとお菓子とチョコケーキ!」
ポンと頭に手を置かれて見上げると、柳が微笑んでいた。
「お前が悪いんじゃない。精市は悔やんでるだけで、弦一郎は寂しがってるだけで、赤也はお前と妹のことを考えて複雑になってるだけだ。いつものお前でいい」
その言葉ににぃっと笑うと「だよね!そんなの知ってるってば―」と言って思いっきり高くジャンプした。「今日の主役はあたしだから!」
タヌキのようにポンポンとお腹を叩くと、「よく食べたわ―」とは幸せそうに頬を緩ませる。
「まだ食い足りねーだろぃ!」と言ってブン太にポッキーを口に詰め込まれ、「ちょ、苦しいってば!」と言いながらそれも食べた。
「もう、大会前だって言うのに…」
「本当だな」
それなのに別に今日を惜しく感じていなくてむしろ今日があってよかったと思うのは、があんなに楽しそうだからだろうか。
幸村は苦笑を零し、真田は険しい表情を緩めぬままだった。
「真田、はいアーン!」
空気を読んだのか読まなかったのかが間に入って来てポッキーを真田に差し出す。それを手で受け取った真田に、思い切りは顔をしかめた。「このKY侍…」
「お前は人が言わずにいると調子に乗りおってッ!成敗してくれる!」
「きゃー!サムライが襲ってくるよぅ!」
きゃっきゃと部室内を走り回って逃げるを追いかける真田を眺めていると、「もう一人の方はいいのか」と声がかかる。
「柳って本当にお人よしだなぁ。…いいんだ、後でメールでもするよ。は一個のことしか集中できないから、俺がちょっかいだすと混乱するだろう?それを見るのも楽しいけど、」
坊やといるのを見るのは好ましくないんだ
柳は苦笑を零すのを見て、幸村も困ったように眉尻を下げて笑う。「本当に自分が情けないよ」
「はいゆっきー!アーン」
突然現れたに目をまん丸にしていると、追いかけっこは終わったのか何やら真田は仁王に捕まっていた。
「あ、ゆっきー甘いのダメ?」とポッキーの矛先を柳に代えて、もう一度にっこりと笑う。「はい、柳あーん」
何も言わずにポッキーをくわえた柳に「さっすが!ラストサムライとは時代が違うだけあるね!」と訳のわからない褒め言葉をは零してそそくさとまたどこかへ消えた。
「情けないことはない。負けたら勝つだけ、だろう?」
関東大会で負けた部員たちにそう言ったのをふいに思い出す。柳も笑って、「チョコケーキ食べようぜ!」というブン太の声に二人も輪の中に入った。
□
「はーい。どうかしましたか千石さん。あ、そういえばあたしあと三日で帰ることになってるみたいなんですよ。…明日?空いてますよ。はい、わかりました」
楽しかったなぁと日記に今日のことを書き終えたのを見計らったように千石から電話がかかって来て、明日デートをしようとのことだ。
ふいに以前遊園地に行った時のことを思い出した。よし、明日はすんごく楽しい日にしてやるんだから!
ああなんて幸せな世界なんだろう
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