「スキ…デス」

「ワタシ ハ リョーマ ノ コト ガ スキ デス」


殴り書きのメモ用紙を見ながら口をパクパクと動かすの目は右に左と泳いでいて、声はカラカラ。挙句の果てには重い空気を背負ったまま、メモ用紙に額をつけた――「む、無理…」


あちらの世界にいる時、いつだって考えていた。リョーマに会ったら何と伝えようか、と。
予行練習さながらのしっかりした妄想だったはずなのに、実際の壁にぶち当たるとこうも上手く言えないなんて、とは木陰で膝を抱えてうずくまる。あとほんの数十分しかないのに。


大騒動のあと、ようやく一件落着した種明かし。
木手が跡部に対する疑念の意味をようやく理解したりだとか、父が無事だとわかって涙する小日向に付き添う辻本だとか、
安堵に満ちた会場の中、鬼気迫る表情をしていたのはおそらくだけだろうう。


(どうしよう)


ぐるぐると回る世界。
歩けばテーブルの脚に小指をぶつけるわ、みんなと話したことの大半は覚えてないわ、とか色々とあるけれど、
中でも最後のパーティーでの料理に自分の血と肉が隠し味で入ってたなんてことは一生の秘密にしなければならないと思う。みんな、美味しいって食べてくれてありがとう。



(どうしよう、どうしよう)

ぐしゃり、と手の中で悲鳴を上げるメモ用紙に、遠くで鳴る船の汽笛が重なった――出港まであと四十分あまり。どうしよう、とは嗄れた声を出す。

(足が…動かない……)


はとっくの昔にどこかへ消えてしまったし、とりあえずロッジにある荷物はまとめて船に乗せてみたものの、いてもたってもいられなくてまたこの場所に戻って来てしまった。
――というのも、告白するなら今しかない。

元の生活に戻ってしまったら、きっと自分に甘えて後回し後回しにしちゃいそうだから。小日向とも約束したから。もろもろたくさんあるけれど、どれをとっても言えることは今しかない、ということ。
なのに足がすくんで動かない。


決して告白が初体験、というわけではないのに。


ぎゅっと瞳を瞑ったが唇を噛みしめていると、ふと誰かの気配がして、顔をあげたはパチリと瞬いた。
「幸村君?」
そこには険しい顔をした幸村がを見下ろしていて、彼は強引にの腕を握ると、立ちあがらせる。


「何をしてるんだ、こんな所で」
「へ?」

「君は…越前に伝えなくちゃいけないことがあるだろう」

たてないと思った足が一歩前に踏み出す。あれから言葉を一度も交わしていない彼がどうして自分を連れに来たのか、よくわからないまま引っ張られていると、幸村は顔すら向けず言葉を続けた。


「君が越前に伝えたい想いは…君だけのものじゃないんだ」
「…」

「君が俺たちと過ごした時間。俺たちの想い。全部が、君の一言に重なってる――俺たちを振ってでも伝えたかった一言なんだろ?それだけの重みがあるのは当然だ」


なんで、
は大きな背中を瞳に映したまま、揺らした。

ふわふわと揺れる髪、力強く歩く姿は至極堂々としていて、まるでコートに立っているような迫力を思わせる。


「ゆきむらく…!」

なんで、背中を押してくれるの?

その問いを最後まで紡ぐことのないまま、幸村はの腕から手を離すと、ようやく首を巡らせた。
いつものように穏やかな笑顔。だけど清々しく感じるような強さがどこかにあって、は思わず目を見張る。







「頑張れ。俺たちの試合の最後は、君が飾るんだ――俺は……




俺たちは、


君と同じコートに立って試合ができたことを、嬉しく思う」





大粒の涙が頬を伝うまで、自分が泣いていることがわからなかった。が気がつくと、幸村の後ろには跡部に裕次郎。白石に佐伯、観月とジローがいて。
面白くなさそうに前髪をねじる観月に、佐伯と白石が爽やかに手をあげて、木陰で眠ってたジローは鼻ちょうちんを弾けさせると、むむ、と目をこすって状況を見、に向かってニコニコと手を振った。

チ、と舌打ちを零した跡部の横で裕次郎は口に両手をメガホンのように当てると、大きく息を吸い込む。


「ちばれ――ッ!!!!!!!!!!」

涙の粒を手の甲でぬぐいとったは、ぐ、と右手の拳を空に突き上げると「うん!」と高らかに叫んだ。


「ありがと!みんなッ」


くるりと踵を返して一目散に駆けていく。
その後ろ姿をメンバーはそれぞれの表情のまま見送ると、佐伯が「万歳三唱でもするかい?」とおどけた声をあげた。

「するかバーカ」
「跡部君、口悪いで」

「…さんのためなら、仕方ないといえば仕方のない話ですが…」
「越前のためかと思うと、腹も立つやさ」

「越前、ね」

しばしの間。
幸村は背中を向けると、ふ、と片方の口端を持ち上げるように笑った――「坊やで十分だよ」




【素直な気持ち】




「リョーマ…!」

駆け抜けた先には、小高い丘。ここは確か、エンディングの場所。は空を仰いでいるリョーマの背中に向かって叫ぶと、立ち止って息を切らした。
ゆっくりと彼が振り返る。
その途端、痛いくらいに心臓がギュっと小さくなった。

「リョーマ…あの…ッ」

血が沸騰するような感覚に眩暈がする。このままぶっ倒れても仕方がないと思えるほど体温が高くなった。は口から心臓が飛び出そうになるのを感じながら、言葉を探す。

「あの、その…あの…」








何を言えばいいのだろう
何を言えば、この想いが伝わるのだろう


毎日、毎日想っていた人
まるで毎日が戦っているようだった。必死に叫んだ――あのひとに会わせて、と

会ったら伝えたいことはたくさんあった

なのに、遠い


と お す ぎ る





この空はなんで繋がってないんだろう?そう思って涙を流す自分の姿が鮮明に脳裏に映った時、は声をあげる。
そうだ。伝えたい言葉はいつだってわたしの中にある。リョーマに恋をしたあの日から、今まで。ずっとずっと。答えは最初から、わたしの中にあるじゃないかッ










「リョーマ…!あなたが好きです……ッ
別の世界の人だとか、そんなことで諦められないくらい、あなたが好き。

今まで、たくさん恋した。
でも、恋をした自分が大嫌いだった。いつも自分に引け目があって、わたしなんかじゃダメだって、悲しくなる恋ばかり。でもね、リョーマに恋をしてから、はじめて自分を好きになったの。

リョーマにいつあってもいいように可愛くなりたいな、とか
あなたに認められるような人間になりたい、とか

強くなりたい、とか

そうやって努力する自分をまた好きになれて。少しづつ変わっていくこの世界や自分が愛しくなって――もっともっと、あなたが好きになっていく毎日。一日一日がキラキラしてて、眩しくて。

でも、好き、なんて、本当は綺麗な言葉じゃ飾れないのも分かってる。もっとドロドロしてて、醜くて。会いたくて、恋しくて、苦しくて、好きで好きで好きで…リョーマの世界にいる女の子みんなに嫉妬して。
なんでこんなに好きなのに、違う世界なんだろ、って神様を恨んだこともあった。

もう諦めたほうがいいんじゃないかしらって思ったことも何度もあった。




でもね、そのたびにリョーマが好きだと思い知るの。
神様に感謝したくなるの――あなたに恋をさせてくれてありがとう、って、あなたを好きになったこの時間をくれてありがとうって



この先どんな人生がわたしを待っていたとしても、あなたを好きになったことがわたしの誇り。他の人に何を言われたとしても構わない。
これがわたしの人生。この道を選んで歩んだことが人生の中で一番の幸せ。

ありがとう、リョーマ
あなたの存在を知れたことが宝物です」





ここで、一息。
は大きく深呼吸をする。





「……永遠を考えるととても怖くなる。
リョーマをずっと好きでいられないんじゃないか、とか、違う人を好きになる日が来ちゃうんじゃないか、そう思うと怖くて心臓が痛くなって。

会いに行く方法はないかしらと思っても、死ぬくらいしか浮かばなくて、
でも、死んで会えたって、その時点であなたに胸を張って会える自分じゃなくなってる。
だから生きなくちゃ、生きていかなくちゃ、ならそのためには何が自分にできるだろうかって必死で考えて、でもやっぱり怖くて、会いたくて。不安で。だけどそんな自分が自信になった。

思ったの
今の一秒一秒を重ねるた先が未来なら、わたしはきっとあなたを好きで居続けている。この先の人生全てをかけてあなたを愛したいって思っているわたしが今いる限り、この先のわたしが在る。

リョーマ、
この瞬間のわたしは全身全霊をかけてあなたが好きです――きっと、未来のわたしも……あなたを愛しています。

これがわたしの、素直な気持ち。
だからリョーマの素直な答えを聞かせてください」


とぎれとぎれとはいえ、まくしたてたような気力を使ったが肩で息をしつつリョーマに視線を戻すと、
彼は帽子のつばを握ったまま、ニヤリと口端を針で引っ掛けたように持ち上げた――「俺、いつも素直だけど」

あっけらかんと返ってきた言葉に、は思わず「ですよねー」と返してしまう。

ってさ、わがままだよね。
態度で示せば言葉がないと不安だってわめいて、言葉だけじゃ態度が欲しいって泣いて」

う、とは言葉に詰まる。反論の余地がない。
スタスタと歩いてくるリョーマのまっすぐな視線から逃げるようにふい、と視線を逸らしたはギュッと拳を握りしめた。


「何を言えば、何をすれば、アンタは俺のモノってわかるわけ?」

伸びて来た指先が頬に触れる。
少し冷たくて、でも温かくて、優しくて。頬を撫ぜる指は涙のあとを伝うようにゆっくりと流れた。意地悪なくらい綺麗に持ちあがった彼の唇が言葉を紡ぐ。

「俺の世界の中心は、とっくの昔にアンタなんだけど」



ぼん、と爆発する音をたてては血液が逆流するのを感じた。身体の中心で誰かが一心不乱に太鼓を叩いているように、ドドドドドドドドと心臓が張り裂けそうになる。
「俺はが好きだよ」


そこから先はもう記憶がない。
気がついたら船の上で、ベッドの端に座ってたが「姉ちゃんってホントに肝心な所でアホだよね」と頬杖をついたまま呆れられるし(マジであの後ぶっ倒れたらしい)、
「次はぼくと越前の番かな」なんてふわりと笑った不二の言葉に日吉と不二の無言のバトルコングが鳴ったりで心落ちつく間もなく。



ただ

目があった瞬間に笑ったリョーマがすごく愛しくて、は眩しいその笑顔に頬笑み返した瞬間の限りない幸せを胸に刻みつけた。


こうして怒涛のように過ぎていったドキサバはかけがえのない思い出に変わるのだろう。
残り少しの時と共に、夕日が暮れ出していく――。