待ち合わせ場所に現れた千石を見て、ははぁとため息を零す。びっくりして「え、俺変!?」と千石は焦り、「いや全然」とは首を振った。

「ホント、なんでそんなにかっこいいんだろ」

しみじみと言われた台詞に千石は顔を真っ赤にし、「もっと嬉しそうに雰囲気を添えて言って欲しかったな」というとべぇっとは舌を出す。
「雰囲気なんてあってないようなもんなんですよ!」





【雰囲気とは】




「いろいろ考えたんだけどさ、やっぱりここしかないかなーって」

着いたのは久しぶりの遊園地。「リベンジさせてくれない?」笑った千石にも笑って答える。「じゃああたしもリベンジさせてください」
何気なく隣を通って行ったカップルを二人してガン見してしまい、顔を見合わせてぷっと吹き出した。

「手つながない?」
「はずいからヤですよ」

ツンとそっぽを向いたに「えぇー」と抗議して勝手にその手を取る。「いいじゃん、俺たち晴れて恋人だし?」「脳内ワンダーランドですねホント」

「千石さん、暑いんですけど
「うーん、じゃぁ絶叫系でも行く?」

爽やかに手のことはスルーされ、は諦めたように苦笑すると「じゃ、行きましょうか」とその手を引いて歩き出した。









上るところまでは良かった。
なーんだ楽勝じゃん…いや、前も同じ手に乗った気がするなぁ。と思っていると、だんだん車体が傾く。

ごくりと唾を飲み込んで「くるくるくるくるっ!悪夢が…」と呟き、落ちる瞬間のあの特有の浮遊感を思い出して全身に力を入れた。
が、しかし。ずっと待ってもその浮遊感は来ない。

あれ?

と、思って目を開けた瞬間に。

「ひぃっ」












「死ぬかと思った…」
「えー楽しかったじゃん。ちゃんが落下の時に必死に目つぶってるの見ると楽しくて楽しくて」
「うっわー悪趣味」

ぶぅぶぅと文句を垂れながら歩いていると、不意に足元に冷たい風が当たってそちらを見る。


「よーしちゃん、やっぱり遊園地の醍醐味はここだよね!」


うんともすんとも言わせず、千石はを恐怖の館へと引きずりだした。









悪夢だ、これはもう悪夢としか思えない。以前はこんなに怖かっただろうか。あのときは何かいろいろ考え込んでた気がする。
あぁなんか考えることはないだろうか。萌え?いやいや今何に萌えると言うんだ自分。…あぁ来る!くるくるくるくるっ!!!!




「いやぁあああああッ!」








「もうホントちゃん最高。あの期待を裏切らない感じ。いつも気分屋で俺にはツンツンしてるし全然そんな風に見えないのにっていうギャップ?
あ、もしかしたら俺今ちゃんに萌えてる?

「もう黙ってください」



そんな会話を繰り返しながら次に行きついたのは――「千石さん、この世で一番怖い絶叫系って何だと思います?」
まさかそう来るとは思わなかったのか目の前の遊具のチャチさとメルヘンさとのギャップに怯えながら、千石は引き笑いを見せる。

「嘘、だよね」
「あたし人生で一度も嘘ついたことなんてないですよ」

いけしゃあしゃと言ってのけたはにこやかに笑って思いっきり繋いでいる方のの千石の手を引っ張って走り出した。
「すいません、乗ります!」









西洋を思わせるBGMに乗ってクルクルと回り出したのはそれ――コーヒーカップの中心にあるハンドルをは力いっぱい握ると、大きく右に回す。
幸い他には数名しか乗っておらず、二人を乗せた可愛い色のコーヒーカップはぐるんぐるん回転しながら場内を駆けていく。――それはもう尋常じゃない速さで。


「ちょ、待って待って待って!!ちゃん待ってッ!」
「わー千石さんの気持ちがすごくよくわかるなぁ」


ヒィっと息をのむ千石に大笑いしながら、仕舞には腹を抱えて涙まで流し始める。
一方の千石はもうすでに異世界のような景色に頭痛がしていた。


「誰か助けて…」









は、降りた時には満足気に千石の手を引いていた。
「ホントに、ちゃんにはかなわないよ」


「ありがとうございます」
「いや、褒め言葉じゃないんだけど…」


すっかり日も暮れて辺りがオレンジ色に染まってきたころ、千石はふいにの手を引っ張って「あれに乗ろう」と観覧車を指差す。
引っ張られて走り出したは「学祭もこんなイベントだったなぁ」とぼんやり考えていた。









しばらく黙りこんでいた。やけにゴンドラの中がしーんとしていて、それでも嫌な沈黙でもなくぼんやりと外を眺めている。そんな時間が続いていた。
もう少しで頂上かと思う時にやっと千石が口を開く。


ちゃん、」


そちらを向くと、千石は「あー」と唸り声をあげて「えっと、ね?」と続きを言おうとする。
その姿を見て、「ねー千石さん」とは声をかけると、「ん?」と返事が返ってきてにっこり笑った。



「大好きです」



千石はビックリしてめんくらった顔をしたが、やがて笑う。「うん、俺も」









降りた後、「行きたいところがあるから」と歩き出した千石の後ろ姿には「さっきのが雰囲気であってたんでしょうか」と聞くと振り向いて千石はうんうんと力強く頷いた。


「じゃあやっぱり雰囲気なんてあってないようなもんですね」


にぃっと笑っては右手でけん銃の形を作るとそれを千石の方に向ける。

「千石さんだーすき。だからあたしがいない間他の子に鼻の下伸ばしてたら、”妙技姉ちゃんの悲劇再び”食らわしますから」

人前で、と前半の台詞に顔を真っ赤にし、この間南が言っていた「青学の監督なんか姉の方からとび蹴り食らったらしくて全治三週間だってよ」の言葉を思い出し顔を真っ青にする。



ちゃん、それ下手に雰囲気つけて泣きつかれるより怖いんだけど」



冷や汗を流しながら千石が言うと、は元気よく笑って「ね?」というとけん銃の形にした右手を「パン!」と言いながら上にあげた。