いつもなら、ipotを片手に勉強でもはじめる時間。
だけれども越前さんと入れ替わるまでの日数が分かった今、根詰めて勉強する必要性もなく(勉強嫌い、運動嫌いは治らないということがよく分かった)、
肝心のipotは夕食後リョーマに預けたので、手持無沙汰のはベッドに横になったまま携帯を見つめていた。

「…うーん……」



唸り声をあげつつ、アドレス帳を開いては消すという行為ももはやすでに十数回目。そろそろ持ち上げた手も痺れて来たことだし、覚悟を決める頃あいだろう。

"幸村精市”
その名前を押すと、メール送信画面へ。
そのまま数秒画面を見つめただったが、へら、と情けない笑みを浮かべると携帯を閉じた――わたしの根性なし!

しかし突然閉じたはずの携帯から着信音が鳴り響いて、は鳩が豆鉄砲を食らったように飛び上がると、驚いた顔で携帯を見る。メールの送信者を見て更に面食らった。
「幸村君…!?」

なんというタイミングなのか。
ドキサバ以来連絡が取りづらくて、今回のことも自分から知らせるべきなのだろうということは何となくわかっていたのにメールを打つ勇気がなくて、
そんな時にまるでタイミングをはかったように来たメールにしばし動くことができなかっただが、おそるおそる携帯に手を伸ばすとメールを開いた。件名なし、内容は――


「聞いたよ」


たった一言。

は言葉をなくすと、小さく緩めるように口元に笑みを浮かべた。

これが幸村なりの精一杯の優しさだというのが、一文から溢れるように伝わってくる。
きっと彼もまたこのメールを送るまでに何分の時間を要したのだろう。考えて、考えて、ようやく打った一文のように感じたのはきっと気のせいじゃあるまい。
は返信のボタンを押すと、ゆっくりと息を深く吸い込む。


「とても楽しい時間をありがとう」

えーっと、と天井に視線を向ける。

はじめて幸村に会った日。
こんなに儚い、絵画の一枚から抜け出たような人がいるもんなんだ、と瞳を奪われた。君は確かにここにいると言った絞り出すような切ない声。

元気になってからは一変、振り回されるような日々だったなあ、とは思わず苦笑を浮かべる。

氷帝の文化祭で回った時。
二人で出掛けた時。

幸村のペースに引っ張られるばかりで、それでも楽しそうに笑う幸村の笑顔にどれだけ心が温かくなったことだろう。自身も、紛うことなく楽しかったから。


は携帯の画面に視線を戻すと、続きを打った。


「これからもよろしくね」


会えなくなることは百も承知だ。実質的にはさよならの方が正しいのではないか、と一瞬胸を過ったりもしたけれど、やっぱりこっちの方がいいような気がする。
以前ならこうは思えなかった。

会えないことなんかに負けたくない、なんて

決意を込めて送信ボタンを押すと、はぎゅっと枕を抱きしめる。返事来るかな?何て来るかな?ドキドキと携帯を見つめていると、返信はすぐに来て、は携帯をひっつかむようにメールを開く。



「きっと会える」


その言葉に引っ張られるように泣きたくなった。
ぐ、と下唇を噛みしめたは瞳を伏せて、瞼を震わせる。泣いちゃダメだ。泣いちゃダメ。


「あり、がと」


ポツリと呟いた一言はメールには送らない。
幸村の精一杯の強がりなのだということは、痛いほどに分かるから、それに強がりで返したら、彼が更に強がることは目に見えているから。

だから、

は携帯を閉じると、そっと息を吐いた。





【俺と君の強がり】





――いいんだ、後でメールでもするよ



そう言ったものの

幸村はベッドに背中を預けたまま、携帯の画面を見つめて微動だしなかった。
何回かは文章を打ってみたりもしたけれど、やっぱり納得いかなくて消してしまって、それでもメールをすると言ってしまった手前、このまま夜を明かすわけにはいかなくて――
そこまで考えた幸村は不意に笑うと、瞳を細める。


そんなのただの言い訳だ。


長いような短いようなサバイバルから帰って来た後、彼女と一度も連絡を取ったことはない。
彼女からは送りにくいだろうということは分かってるから、本当は自分から打つべきなのだろうとも思うけれど、どうしても打つことができなくて、でも本当は、どこかでメールを打ちたかった。

実をいうと、もうこの状態はほぼ日課とかしていて、夕食を食べ終わった後の小一時間はいつも携帯を眺めながら過ごしている。

「…」

幸村はボタンに手を添えると、小さくため息を吐いた。
こんなメール打ちたくないという自分と、それさえもきっかけに彼女と連絡が取れると思える自分がいる。そしてそんな自分を酷く醜く感じる自分も。

しかしそんな時彼女の言葉がふと浮かんだ

二人で手塚のロッジへと向かう道すがら、彼女が見せた弱い部分


――醜い所見せてごめんね


泣きだしそうな横顔と、強がる瞳
鮮明に脳裏に浮かんだ幸村はああ、と苦虫を噛んだような表情を浮かべて、携帯を握りこんだ。悔しいな、とポツリ呟く。

(結局こんな時も、助けてくれるのは君の言葉なのか……)


彼女が醜いと称した姿でさえ、幸村にとっては愛おしかった。だったら――自分の醜い部分が誰にとっても醜く見えるとは限らないのではないだろうか?なんて、都合よすぎだろうか
幸村は再び携帯に意識を戻すと、ようやく紡いだ一行を送信する。

「聞いたよ」

その一言を、彼女はどうとるだろうか?
言葉をつなげるとどうも取り繕っているように自分自身が感じてしまって、見ようによってはぶっきらぼうに見える一文だけれども、それでも必死で打ったこの一言に彼女は気付いてくれるだろうか?

数分後に携帯が鳴る。

手を伸ばすのに十分な時間をかけて携帯を握った幸村は、画面を開くと、噴き出すように笑った。


「これからもよろしくって…」


なんとも間の抜けた文章だろうか。
てっきり彼女お得意の「ありがとう」だの「ごめんね」だの来ると思ってた幸村は不意を突かれたあまりに笑ってしまう。

さようならと来るのではないかと、一瞬でも過ってしまった自分があまりにもばかばかしい、なんて言ったら君は笑うだろう?


幸村は緩やかな笑みを口元に浮かべると、「きっと会える」と打って携帯を閉じた。




きっと会えるの言葉に込められた限りない期待と、不安。君はその一言に何を感じるだろう?泣いてしまうだろうか?きっと泣きそうな顔のまま、瞳を閉じて無理に笑うのだろう。


だから返事は待たない











きっと君からの返事は…来ないだろうから




強がり