「おはよ」
「おはよ…」
珍しい光景を見た。
朝起きたらリョーマがぱっちりと目を覚ましていて(この基準は二割増くらい機嫌がいい所から察したのである=リョーマは寝起きが最高に悪い)、
食事も済ましたうえにソファに座って音楽なんぞ聞いている――は目を皿のようにすると、おそるおそる尋ねた――「何かあった?」
「別に何も」
ヘッドフォン装着のため何を聞いてるかまではさっぱり分からないが、確かに分かることは一つ。
(Dreaming on the radioの生表紙みたいだ…!!萌えッ)
くぅっと涙をのむように幸せを噛みしめていたを一瞥したリョーマは「はい」とテーブルの上に置いてあったipotを彼女に返すと「サンキュ」と言い、受け取ったはパチリと瞬いた。
「もういいの?」
昨日一晩でいったい何をしたんだろうか?と首を傾げるが、
音楽を聴くのに忙しそうなリョーマに尋ねるのは何だか憚られてはテーブルに座るとしょうゆを取る。
食パンにバターをぬって目玉焼きをつついていたに思い出したように声をかけるリョーマは、相変わらずヘッドフォンに耳を預けたままだ――「そうだ、。明日暇だよね?」
「え、うん」
明日といえばこの世界最後の日。そして運のいいことに休日。
特に何する予定もなく、あわよくばリョーマと一緒に過ごせるといいなーとか思っていたが素っ頓狂に返事を返すと、リョーマは「じゃ、九時に駅前ね」と脈絡のない約束を持ちかけた。
「九時?どこかに出かけるの?」
「うん。俺とで」
「二人?」
「二人」
「二人なのに九時に駅前?一緒に出かければいいじゃん」
何の気なしにいったの言葉にリョーマはあからさまにため息を吐くと、方耳だけヘッドフォンを外してに首を巡らせる。
生意気につりあがった目の中にある大きな瞳がまっすぐとを映して、何となく居づらい心地にが尻をもぞもぞと動かしていると、リョーマは子どもに諭すように言葉を噛み砕いた。
「俺とがデートするのに、何で家から一緒に出るわけ?」
「デート?」
「…」
そうか
越前さんとリョーマが出かけるんじゃなく、わたしとリョーマがデートするから――はん、と動きを止めると、ガッシャンと食器をひっくりかえした。
「で、デート!!!!!????????」
【魔法使い】
「…」
前髪を撫でつけたは、おそるおそるショーウィンドウに首を巡らせると、そこに映っている自分の姿を見て更に血液が沸騰するように緊張するのに気付いた。
(どどどどどうしよう、変じゃないよね!?)
越前さんの身体はスタイル抜群だし、似合わない服があるとは思えないのだが、それでも乙女心というのは揺れ動くもの。
スカートの裾をつまんだは雷に打たれたようにピシャリと動かなくなると、数秒したのちショーウィンドウに手を当ててがっくりとうなだれた――「海賊王になりたい…」(混乱中)
ゴムゴムのぴすとるー
「…何やってんの?」
その瞬間突然聞こえたリョーマに声には豆鉄砲を食らったようにピシャリと背筋を伸ばし、
なおかつ油を刺し忘れたロボットさながらにギギギギギと首をリョーマに巡らせると、わざとらしいほどぱあっと笑顔になった。顔にまずいところを見られたと書いてある。
「リョーマ!」
「っていうか、面白すぎるんだけど」
海賊王って何、
そう言ってふわりと笑うリョーマの声に真っ赤になったは「あ、いや」と言葉を濁すと、改めてみたリョーマの姿にぼん、と煙をあげた。
ジーパンにTシャツ、薄い上着をはおったリョーマはいうまでもなく光輝いていて、こんなに緊張してなかったら「ぎゃ、目が…!」とかいって両目を押さえるくらいの冗談がいえたかも知れないが、
あいにく今ににそんな余裕はみじんもない。口を開いたり閉じたりパクパクさせるだけだ。
「うあ…」
「ほら、行くよ」
差し出された手を数秒ガン見。
おずおずと手を伸ばしたがはれものを触るようにリョーマの手を握り返すと、彼は口端を引っ掛けるように持ち上げて笑い、歩き出した。
一歩踏み出したがリョーマの背を追うように少し小走りになると、足音を聞いたリョーマはさりげなくペースを落として、も次第に歩調が落ちつきだす。
「どっか行きたいところある?」
行きたいところ
行きたいところ…
行きたいところ……?
「…ないんだ」
「あ!いや、ないっていうか…リョーマと出かけられるのが嬉しくて服選んだりとかで余裕がなくて全然妄想できなかったっていうか!いや妄想っていうか想像っていうか妄想っていうか…!」
あれ、墓穴掘ってる…
突然口をつぐんだにリョーマは微笑。
「ならさ、映画行かない?」
「映画?」
「ン。がCM見てたやつ」
あー、ハリウッドの超大作とかいうやつか、とは数日前の記憶を辿った。確か魔法使いがどうのとかいうやつで、「面白そうだなー」とぼんやり呟いた記憶が残ってる。あれか。
「いーね!見たい見たいッ」
「んじゃ行こうか」
まるで夢みたいだ
こうやってリョーマに手を引かれて、わたしが言った言葉にリョーマが返事を返してくれて。
そんな日常の風景にどれだけ憧れただろう。恋い焦がれたことだろう。
ただそれだけのことが、こんなにも難しい恋だったのに。
夢なら、いつか覚めてしまうだろうけれど
このままこの夢が覚めないでいてくれたら――
なんて、ね
「いやあ!面白かったねッ」
お決まりとかしたファーストフードのお店で、はチーズバーガーとコーラを片手に熱弁を繰り広げていた。
あそこのシーンが好きだったの、とかあの台詞が素敵だった、とか
そんなささやかな話に耳をかたむけてくれるリョーマの姿が愛おしくて、は汗をかいたコーラをテーブルに置くと、小さく笑う。
「わたしね、魔法使いはリョーマだと思うの」
「…は?」
「リョーマの歌を聴いていたり、リョーマのこと考えてたり。
リョーマが動く所を見てたら、世界が違うとか、強くなれない自分とか、悲しい気持ちとか、そういうのが全部どうでもよくなるの。また頑張ればいいかーって、いつか会えるよね、って
弱いからさ、すぐまた落ち込むんだけど、またすぐ立ち直れちゃうの!もーこれをリョーマの魔法を言わずに何と言う!って感じ?
それだけじゃないんだよ。
キラキラしてて、眩しくて
いつも高い場所をまっすぐと見つめて、強くて
言いたいこととかはっきりいってさ!
はっきりいうのに、みんなから愛されるなんて、すごい
全部全部、わたしが持ちたくて持てなかったもので、今からでも欲しいもので…
だから、
わたしには魔法に見えたの、それが…」
あははー、と笑顔で誤魔化したがチーズバーガーをかじると、リョーマはポンタをズルズルとのんで、頬杖をついた。何気なく窓の向こうを行きかう人々に視線を向ける。
その横顔は中学一年生とは思えないほど大人びて見えて、の胸がとくんと鳴った。
「俺は、アンタの方が魔法使ってんじゃないかと思うけど」
「わたしがあ?」
「そ。落ち込む時はとことん落ち込んでさ、楽しむ時はバカみたいに笑って、泣く時はわんわん泣くでしょ。でも、いつもどっかまっすぐで。
バカみたいに一生懸命に俺のこと好きなくせに、俺のためとかいって勝手にどっか迷走してて…ホント、呆れるくらいにまっすぐどっかに突っ走ってくのに、不思議と悪い気しない。
そのまま走ってった先に見える景色を、一緒に見てみたいなという気持ちにさせるんだよ、アンタは。
すっごいマイナス思考かと思えば、無駄にポジティブ発揮して、勝手に一人で浮いて沈んで、どっかにふらふら行っちゃうもんだから、繋ぎとめたい気にもさせる。
…ああ、」
そこで一旦言葉を区切ったリョーマは横目でを見ると、茶化すようにニヤリと口端を持ち上げた――「アンタ、弱いけど相当しぶといんだろうね」
「しぶと…!?
普通そういうこという!?仮にも女の子なんですけど…!」
「別に悪い意味でいったんじゃないし、いいんじゃない?」
「よくない!すっごいよくないッ!!しかもしぶといの前に相当ってついた!相当、って!」
「だって相当だもん」
「にゃ゛――――ッ!!」
ガシャーンとちゃぶ台をひっくり返さん勢いで腹を立てたは怒りにまかせてチーズバーガーを噛みちぎる。
ちくしょうめ、ともぐもぐ食べ続ける姿にリョーマは「ほらみろ」と言わんばかりの視線だ。そうですよ、腹たてても食欲は落ちませんよ!落ち込んでもむしろ増えるだけですよ!しぶといですよハッ!
「リョーマなんか…リョーマなんか……」
「俺なんか、何?」
「リョーマなんか…!!!!!
かっこよすぎじゃボケェエエエェエェエエエエ」
結局精一杯の悪口にもならなかったというこの始末。
が「おかわりしてくる!」とやけくそのように席を立ってハンバーガーを追加しにいくと、リョーマは携帯を開いてメールを打ち始めた。
To:手塚部長
件名:
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そっちの準備、どうッスか?
こっちは予定通り向かうつもりです。
よろしくお願いします
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パタンと閉じたころに戻ってきたは更にバーガーを二個平らげ。
食べ終わったころには機嫌も治っているというこの不思議。リョーマはポケットで携帯が震えるのを感じつつ、その姿を見ている中、なんとなく気持ちが温かくなるのを感じたのだった。。
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後日談→「なんか動物園にいるみたいだった」らしい(そんで心がほっかりしたそうな)
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