落ちた。
速度が加速しだした辺りからもう周りを見るのが怖かったので、両手で目を押さえて落下していた所、
とてもとても十分ほど(自分的感覚だから、あまりあてにならないと思うけど)の時間をかけて落ちたとは思えないほど、ドスンと、軽い尻もちをついては地面に腰をつけた。
「――ッ」
とはいえ
それなりにぶつけた腰はいたいものなのである。
(女の子は腰を大事にしなきゃいけないんだよ!そこんトコ分かってんのあの神様見習いッ!?)
涙目になってヤツ辺り気味に空を睨みつけようと顔を上げた途端、は一瞬心臓が止まるかと思った。実際、息は止まったと思う。
「な…!?」
あたりをかこむ兵士。
ぐるりと囲む彼らの前には、それはそれは美形な少年が冷徹な瞳をこちらに向けていて、
は嫌ぁな予感に落ちて来た場所を見ると――なんと、スタンがぶっ倒れていた。
「え…」
後ろにはルーティーとマリー。
背後には宿屋…これってアレじゃないですか?はじめてリオンが出てきて、異様な強さ見せ付ける割に仲間になったら同じレベルなぜー?みたいな…
え、へへとは愛想笑いをリオンに向けたが、ちゃき、と音をたてて構えられたシャルティエに、氷水を頭からぶっかけられたような寒気が全身を襲う。
――俺的に色々計算した時間軸に落とすから、落ちた後で文句はいいっこなしね!
「文句言わせろゴルァアアアアア!!!!」
と、内心はブチギレタ。血管総切れの勢いである。
しかしながら表面上はおくびにも出さない――一歩動けば問答無用できられそうだったからだ。
(レベルマックスでも…スタート地点でほぼラスボスの勢いじゃね、コレって…)
しかもどういう風に自分が落ちて来たかは知らないが(思いっきり目をつむっていたため)、あきらかにスタンたちの味方だと思われているようだった。
小さく息をのむと、は張りつめた空気の中でそっと息を吐く
(武器が…ない……)
命の保証はいらないとさっき啖呵を切ったばかりだ(切ったのは〜なんて無責任な事いうほどこどもじゃないんだから!)。
さてはて、どうしたものか…
リオンに悟られぬよう真っすぐ見据えつつ、
ゆっくりと静かに指先を動かしたは、その手に固い何かが触れるのを感じた。感触を確かめるように縁取れば、何かの宝石のよう――ディムロスか…
「…あの」
おっかなびっくり声を出してみた――「わたしが彼らの仲間じゃないっていっても、信じてもらえませんよね?」
じわじわと手を動かして、剣の柄の部分にようやく触れる。
全身に氷が突き刺さるような殺気を感じた。今まで生きて来て云年。殺気などというものとは無関係に生きて来たが、これほどまでに敏感に肌をつくものなのか――いや――
は静かに呼吸をする。
が敏感になっているのだ。
目だってあんまり視力はよくないはずなのに、はっきりと周りの景色は見えているし、誰かの息する音、衣擦れの音まではっきりと耳に聞こえてくる。
(これが…レベルマックスね…)
正直いくら身体が強くなっているとはいえ、自身の経験値なんてたかが知れてるのだ。それこそ勇者Lv1、という位のもの――ハッキリ言って勝てる気がしない。
でもここで死ぬわけにもいかないのも確かな事で…
ええい女は度胸だ!
がしっかりとディムロスの柄を握った瞬間、「愚問だな」と鼻で笑ったリオンが突っ込んで来た。
「―――ッ」
ほぼ反射的なものだった。
リオンと剣が交差する瞬間を頭の中で描いた瞬間、糸に引っ張られるように身体が動いて、鉄のぶつかる音と共に剣が交差する。
「何…!?」
リオンの髪が靡いた。
「スイマセン!剣借ります――!」
気絶しているため十中八九聞こえてないだろうが、一応スタンに断りをいれて(本来ならディムロスに入れるべきなのかも知れないが…声聞こえないし……)、
は両手でリオンの剣とせめぎ合いつつ、左足で足払いをかけた。
不意をつかれたリオンの身体が傾いた瞬間に、剣を引き地面に両手をつくと――思い切り回し蹴りをかます。
(よし、行ける!)
蹴りは寸でのところでリオンが避けたため当たることはなかったが、確かな手ごたえをは感じていた。経験は0でも、妄想力なら負けないという自負はある。
自慢じゃないが、女の人が戦ったりする作品は大好きだ!ああいう強い女になりたいと常日頃から夢みていた(もっともだからといって武術を習うほど活動的ではなかったが)。
リオンが口を開くのが横目に見える。術を使う気か――詠唱時間があるとはいえ、リオンに術を使われたらあきらかに不利。
「…!アイス、ニーッ、ドル…!」
突然の事で舌はまめらない。
ちょっと噛んでしまったが、空中に現れた氷の結晶は、想像通りリオンの足元に突き刺さった。
「な――!?」
『詠唱時間がない…!だって!?』
「へ?」
今、なんか声が二つ聞こえたような…。
『なぜディムロスを持っているのに…!』
お次は美人な声。
そして手元にある剣の声が、驚いたような声をあげた――『何者だ!?』
「な…!?なんで声がきこ…!」
呆気に取られた時間がまずかった。体勢を立て直したリオンが見えた瞬間、掻き消えるように彼の姿は視界から消えて、目の前に現れたと思った途端腹部に激しい痛みを感じる。
「――ッ」
(ダメだ!)
必死に自分に喝を入れるも、
意識が薄れて行く事のほうが早かった。
霞が勝った視界の中、怪訝そうな顔をしたリオンと目があう。
(やっぱ生は美人さんだわ…こりゃ……)
そう思った瞬間、の意識は途切れたのだった。
【Trip,Drop】
電流頭ビリビリ嫌だなーと心底悲しみに暮れていただったが、目が覚めたルーティーの「誰それ?」という言葉で、無関係と立証され、はれてお役御免となり、
正式な客人として広間に通されたはピシャリと背筋を伸ばした。
(こんな豪邸、一生足踏み入れることないと思ってたわー)
シャンデリアに、階段には絨毯。広間には自画像――どんだけ金持ちやねん、とツッコミを入れたくなるが、
ゲームプレイ中のルーティーの言葉が脳裏をよぎった――世界一の金持ちって事よ!
(世界一の金持ちね…ハ!)
いーもん、そんなにお金なくても幸せだもんとかなり違う方向に思考が回ってひねくれだしたころ、
ドアをあけてヒューゴとリオンが入って来る。先ほどの三倍ほど眉間に皺を寄せたリオンに問答無用で睨みつけられ、はびく、と肩を揺らした。
「このたびは…すまないね。リオンが勘違いをしたようで」
ヒューゴの第一声はそれ。
は「あ…いや、一応違うとは言ったんですが…」と視線を逸らす。正当防衛とはいえ、だって立派に手を出したのだ。謝られるのもなんだかなーと思ってしまう。
ヒューゴがリオンを見ると、
彼は十数秒の間をたっぷりとあけ、地を這うような低い声で「申し訳ございませんでした」と謝った。
全然悪いと思ってないらしい。むしろ怪しかったお前が悪いとでも言いたげな雰囲気だ。は愛想笑いを返す。
「明日には王宮に彼らを連行するつもりではいるがね…君の事は…」
そういって差し出されたのは、目を張るようなお金。
「これで内密にしていただきたい」
そりゃぁまあ、間違って一般人に斬りかかったとなると一大事だろうが(なんせリオンは客室剣士だし)、
あの場にいた人間全員に金をばらまいたのであろうか。なんともまあ金持ちの考える事は…とは思い切り大金から目を逸らす。
とはいえだってこの世界で生活していかなければならない。
定住はしないにしろ、宿屋に住むのも金がいるわけだし、武具や生活費となるとそれなりの金額を必要とするだろう。
レンズハンターをするほど冒険に飢えてるわけでもないし――ちらりとお金を一瞥。
(うーん…)
それにレンズハンターで稼いだりしたら、今度こそ正当な理由でしょっ引かれそうだ。それもゴメンだし…貰うべきか、貰わないべきか…
「何を迷っているのかね?」
悪魔(ヒューゴ)の声が囁く。
「いや…あの…」
えーっと…
「出稼ぎに…そう!出稼ぎに来ていて、生活していかなくちゃいけないので、お金というのは非常に魅力的なんですが…
これだけの大金となると、ちょっと…手が伸びないといいますか…」
むしろ目がつぶれる!といってテーブルごとバサー!したい気分だ。唯ちゃん(けいおん!)みたいに札束で頬叩いてもらいたい趣味もないし…
「ほぅ…出稼ぎかね」
その瞬間、キラリとヒューゴの瞳が光ったのを、あいにくは見逃していた。
「話を聞いたところによると、随分と君は腕が立つらしいじゃないか」
「…え?」
「それに、なぜだかはわからんが…詠唱なしに、昌術が使えるとか」
なんだ、いきなりなんの話だ!びくびくと怯えつつ「実験材料だけは勘弁です!」といって、窓をぶち破ってでも逃げる心の準備をしたに、
ヒューゴはみるも鮮やかな笑みを浮かべた。
「どうかね。一つ家で働いてみないか?」
「へ?」
「それだけの腕が立つなら、リオンの部下として立派に役目が果たせるだろう。この金額から給料を払って行く…まあ、体よくいえば分割払いというやつだ。
それなら君も心置きなく貰えるんじゃないかね?」
「…いや、はあ…まあ、そう…ですかね?」
なんで最後は疑問形なのか。
上手く話しを持っていかれている気が多大にするからだ。どうやらの事も使える駒だと思ったらしい。
しかしの上司と指示されたリオンの表情は――まるで最悪なテスト結果を見た学生のようだった。
「君がここで働いてくれるというのなら、まず前金として一か月分の給料を先払い。住む所はコチラで用意させてもらう事にする。まかない付きだ」
さあここで働くといわなければ男がすたるぜ!(女だ)
といわんばかりの迫力に、は思わず圧倒されて頷きそうになった。が、リオンの表情を見てまた正気に戻る。
(えーっと、これが多分、世界は君たちを受け入れるってヤツなんだろーな)
受け入れるというよりむしろ巻き込むという表現の方が適切なのではないか、とも思ったが、
そもそもは巻き込まれるためにこの世界に来たといっても過言ではない。
(やりたいようにしていい、ね…)
今ではあの言葉に酷く重みを感じてしまう。
やりたいようにしていい、つまるところ――リオンを見たは、小さくため息を吐く。
「……おうけ、致します……」
最初から選ぶ道なんて一つしかないじゃないか…もっとも、その時の嫌悪の表情を見て、あきらかにリオンフラグはたたない確信ができましたがね!

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