ストレイライズ神殿は、神殿と名がつくとは思えないほど、薄気味悪い場所へと変貌していた。人っ子一人いない。
モンスターが往生しているせいで、神殿内も荒れ果てているし――「誰かいませんかぁ」とスタンが声をあげた時の反響といったら、まるでホラー映画のようだった。
「き…」
「き?」
「気味が悪い、ですね」
がそう言うと、ルーティーが「まあね」と天井を見上げる。
人の声が聞こえたという方に真っ先と駆けて行ったスタンは、今階段を二番飛ばしで昇っている最中で、
マリーはとても楽しそうに鼻歌を歌いながら、あたりを物色していた。基本自由。
ある意味一番常識がある(金銭面でいえば常識がない一位)ルーティーは前を黙々と歩いているリオンを一瞥して、
挙動不審に辺りを見渡しているの耳元に口を寄せた。
「ねえ、アレの部下って結構大変じゃない?」
アレとはもちろんの事、リオンをさしている。
いわずもがな当然理解したが渇いた笑いを零すと、「でしょーね」とルーティーは鼻で笑った。こういう所は結構似てるんだよな、この二人。
「でも、部下っていうほどまだ仕事してませんし」
「あれだけ戦闘こなせば立派なもんよー。あたしなら、倍の金額の給料請求するわね!」
「…わたしのお給料額、いいましたっけ?」
「さぁ?聞いたから知ってるのかしら?」
他に何で知っていると言うのか…ひぃ、とが恐怖に表情を凍らせると、ニヤニヤと笑うルーティーの腰元で、『冗談よ』とアトワイトが取りなすように口をはさんだ。
「な、なんだ…冗談ですか」
「冗談以外の何があるってーのよ」
「金銭面では冗談に聞こえなくて、ルーティーさんの場合」
「なんですって!?」
キ、と目元を吊り上げたルーティーに、今度はが「冗談です!」というはめになった。彼女を怒らせれば、アイスニードルが降ってきそうだ。
(ちなみにスタンの頭上に降り注ぐ様を、早くもこの短い旅で二回は見たのである)
どうどう、と馬を落ちつかせるように両手を動かしたたちがおいつくと、
扉の向こうにいる人たちとスタンの会話が終わったようだった。もちろん、彼は扉を開ける気満々だ。
それに待ったをかけたのはいわずもがなディムロスで(ディムロスはスタンのママだと思う。マジで)、
どうやらこの扉は結界石という古の封印術を張られている、というディムロスの言葉を聞いたスタンは、「待っててください!」と扉に向かって声を張り上げた。
「今そこから出しますから!」
いやはや。本当にスタンはいい子である。
ただ
「ちょ、スタン!待ちなさい!」
無鉄砲でかえりみずな所を除けば、だ。
煙を巻き上げるようにして一目散に走っていくスタンを追いかけ、少し小走りになるルーティー。その後をニコニコとマリーが付いて行く。
リオンと二人きりは非常に気まずいので、スタスタと歩くリオンの少し後ろをついて歩いていると、
「あまり離れるな」と振り返りもせず言われた。
「…大丈夫ですよ。陣形は乱しません」
というか、スタンが駆けて行った時点で陣形も何もないと思うのだが。
大きな扉を抜けて奥に行くと、小部屋がちょくちょくとある。
そう言えばこの列の一番奥に封印石があって、戦闘になるんだっけ、とぼんやり思っていた刹那、
まさにその部屋から「うわ!?」というスタンの素っ頓狂な声が聞こえた。
「バカー!なんでむやみやたらと触るのよ!封印をほどこしてある石が簡単に壊されてくれるわけないでしょう!?」
続けざまにズドーンという音とともに、一番奥の部屋から砂埃がもくもくと煙になって出てくる。
「あのバカが!」
慌てて走り出したリオンの後に続こうとしただが、
不意に目の前を何かの線が走るのを感じると、慌てて身を引いた。
「――ッ」
刹那、バランスを崩して手前の部屋になだれ込む。その瞬間、ガラガラと何かが崩れる音が聞こえたと思うと、リオンが「おい!」と叫ぶのが聞こえた。
「あ…!
わたしは大丈夫ですから!はやくスタンさんたちの所に行ってください!」
自身は不意を突かれたが、壁に激突した敵はリオンには大した事のない敵だろう。駿殺されるに決まってる。
ゴーレムと封印の石だってそう。四人でかかればなんてことない敵だ――わたしは大人しく、皆が助けに来てくれるまでまとう――
「…と、思ったんだけど」
思わず独り言が口から出る。
気配がひぃ、ふぅ、みぃ…おそるおそる首を巡らせたは、見たくもないものを目の当たりにして悲鳴を噛み殺した。
え?ここが敵の発生源ですか、といわんばかりに辺りをぐるりと囲むモンスターの数々。
どうやら思ったより多くのモンスターがここを根城にしているらしい。冷静に頭が働くのが不思議な位だ。いくらなんでもこの数に一斉に飛びかかられたら、まずいよね…?
「大丈夫か」
とリオンの声が扉の向こうから聞こえた。
まだスタンたちの所に行ってなかったのか!と、は慌てて首を巡らせる。
「わたしは大丈夫ですから、早く…!」
気配が動いたと思った途端、いきなりビショップが攻撃してきた。「わわ」と素っ頓狂な声をあげたは、間一髪でそれを避ける。
「…!」
そのままプリーストの腕をつかむと、懐に入って一本背負い。
どうやら武術もしっかり身についているようだ。感謝感激雨霰。
続いてゴーレム。これは一本背負いするにはチと重い。剣も銃もダメージが少ないうえに、小さな部屋だ。昌術は選ばないと自分まで吹っ飛ぶハメになる。
えーっと、と何を唱えるか考えていた途端、
「ドアから離れろ!」というリオンの声が聞こえた途端、息をつく間もなく扉が吹っ飛んだ。
「ぎゃ!?」
たまたま扉の直線状にいなかったから無事なものの、あのタイミングでは確実によけようがなかった。
どうやら必殺技で扉を飛ばしたらしいリオンは、が驚くのもつかの間、一瞬にして部屋へ入って来、敵をなぎ払う。
「ちょ、リオン様、スタンさんたちが…!」
「そう思う暇があるなら、目の前の敵をさっさと片付けたらどうだ!」
いや、ま、そう言われたらそうなんですけどね
リオンがいない向こう側から、ルーティーの「ぎゃー!」というに負けず劣らずの悲鳴が聞こえてくる。確かに早く行かなければ、とは剣を構えなおした。
「ゴーレムは、必殺技のない貴様の剣じゃ切れない。昌術はむやみに使うな。
プリーストとビショップに専念しろ」
「は、はい!」
とん、と背中が触れる。
背中を預けるというのははじめてだが、こうも頼もしく感じることなのだろうか。それとも相手がお強いリオン坊ちゃまだからだろうか。
いつの間にか出入り口の扉の場所までズラリと囲まれていて、
が小さく息を吸うと、リオンはフン、と鼻で笑った。
「後ろは任せたぞ」
「へ…?あ、はい!」
後ろを任せた、なんて言葉を知っているとは…!(失礼)
「この数だ。体術は使うな――一撃で決めろ」
「は、はい!」
向かってくる敵をなぎ払う。後ろでリオンが派手に必殺技をぶちかましている音が聞こえた。しっかりとゴーレムを狙っているから、砂埃の煙は少ない。
は向かってくるプリーストやビショップを言われた通り、一撃で倒すように努めた。
遠距離は銃で、近距離は日本刀で着実に倒していく。もうかえり血を気にしている暇もなかった。ただ我武者羅に剣を振るう。
ビショップの武器を日本刀で受け止めて、懐から銃をブッ放った時、ふと首を巡らせたリオンが相手にしているゴーレムの後ろから、別のゴーレムが拳を振り上げているのが見えた。
「――!リオン様、頭下げてください…!」
「!?」
「ファイアーボルト!」
放った一発が、リオンが相手にしていたゴーレムにぶち当たってはじけ飛ぶ。
重い身体ながらもそれを避けたゴーレムが戦闘態勢を立て直す前に走り出したは、「申し訳ありません、背中借ります!」とリオンの背中に飛び乗った。
『な』
とシャルティエの唖然とした声が聞こえる。
その高さを借りて飛び上がったはゴーレムが唯一石に覆われていない目に日本刀を差すと、空中で体勢を変えて剣の柄を握り直し、
勢いに任せて身体を曲げた。
「必殺――ゴーレム一本背負い!」
ずぅん、と派手な音をたててゴーレムが地に沈む。
よし、と安堵する間もなく、の横で金物の音がして、首を巡らせれば、プリーティアの杖をシャルティエが受け止めていた。
が銃でプリーティアを打つと、ようやく辺りが静かになる――どうやら全部倒し終わったようだ。
モンスターの死屍累々。
見るのは恐怖以外の何物でもない。まさしくそれはが倒したものなのだから。
ギュ、と下唇を噛みしめたが帰り血を袖でぬぐうと、ドカーン!とこれまた派手な音が奥の部屋から聞こえて来た。そうだった!スタンたち!
「きさ――」
「スタンさーん!今行きます…!」
リオンが何か言う前に走り出したは廊下を駆け抜けて奥の部屋に入ると、ゴーレム一体と、クリスタルがいた。
丁度クリスタルが術を唱えようとしていたので、はアイスニードルを先にかますと、勢いよく駆け抜けてクリスタル相手に回し蹴りを決める。
「い、痛――い!」
「あたり前でしょ!?そのモンスターの名前知ってる!?クリスタルよ、蹴飛ばせるわけないでしょ!」
もっともなルーティーのツッコミ。
体勢を立て直したマリーが一撃必殺をかましたおかげでクリスタルは真っ二つに割れ、ゴーレムも合流したらしいリオンとスタンがしっかりと仕留めていた。
ふぅ、とは汗を拭う。
「アンタたち一体どこ行ってたわけ!?っていうかスタン!勝手な行動しないでっていつも行ってるでしょ!?」
「わー、だから謝っただろう!」
「ゴメンですんだらあたしたちだってこんな坊ちゃんに捕まらなかったっつーの!」
「坊ちゃんじゃない!」
「ギャー!こっちは疲れてるのに、電流流すバカがいる!?」
モンスターは倒したのに、戦闘中と変わらない騒がしさというのはどういう事か。
あはは、と笑うにタオルを差し出したマリー。みると、彼女は眉尻を下げてを見ていた。
「固まる前に拭いたほうがいい」
みれば、至る所に返り血が。
「あ」というと、続けざまに「ケガはないのか?」と尋ねられた。この状態じゃ自分がケガしていても分からないだろう。
「ヘイキです。ケガはないですよ」
受け取ったタオルで返り血をぬぐっていると、不意にリオンと目があった。
言葉を紡ぐ間もなく、「さあ、後四つだな!」と部屋を後にしようとするスタンにブチキレたルーティーがアイスニードルをお見舞いして、
辺りはまた騒々しくなる。
後でお礼言わなくちゃなーとリオンを横目で見たが、もう彼は先の方を見ていた。一体全体さっきは何故視線が交わったのか。
不注意だと怒るつもりだったのかな?
『心配なら聞けばいいのに』
というシャルティエの声が聞こえた途端、リオンが「行くぞ!」とシャルティエの声をかきけすように声をあげ、
は「はい!」と返事をすると、今度はへましないようにしようと思いつつ、ふふ、と笑った。
そうか、ケガしてないか心配だったのか
なんだか嬉しいな
「リオン様!さっきはありがとうございましたッ」
「次は気をつけろ…」
貴様でもなく、お前でもなく、はじめて名前を呼ばれた事には驚きを隠せない。
は「はーい!」と返事をすると、ススス、とルーティーの傍に寄っていって、そっと耳打ちした。
「あれで結構、いい上司かも知れませんよ!」
なんてね
【Philia】
「わたしは…!知らなかったとはいえ、大変な事をしてしまいましたッ」
取り乱したフィリアはいうまでもなく、このストレイライズ神殿の司祭だ。
あれからすべての結界石を解除し終わり、(半ば脅して)神の目へと案内させたところ、物語通り、神の目はすでに奪いされたあとで、石化したフィリアがいた。
パナシーアボトルで彼女の石化を解除すると、
事のいきさつを全ていい終え、彼女はわ、と両手で目を覆う。
「カルビオラ…行き違ったな」
神の目を運ぶとなれば、大きな船が必要。そんな船が停泊、出港できるのはダリルシェイドのみらしい――リオンはチ、と舌打ちを零す。
「おい女。ぼくたちに同行しろ。グレバムの顔を知っている人間がいる」
「そんな…!フィリアをこれ以上酷な目には…!」
「だいじょうぶです。知らなかったとはいえ、大司祭様を…グレバムをこの部屋に入れたのはわたし。神の目は取り返さなければ…わたし、行きます!」
フィリアがキ、と目をあげる。
緑色のふわふわしたみつあみの髪。眼鏡となんとも萌えポイントを押さえた子で、はほわーと思わず見惚れてしまった。
基本的にはルーティーのような図太い(失礼)女が大好きなのだが、こういうひたむきな少女も大好きだ。かーわーいーいーなー!
「おい、待てよリオン!」
が幸せを噛みしめている間にも、リオンはさっさと出口の方へ。
先ほどは上司っぽい一面を見たが、相変わらずフリーダムなリオンは基本周りにあわせない。まあ、そういう所もまた可愛いんですけどね。
可愛いなんて言った日には叩きのめされそうで口には出せないが、
が目を細めてほのぼのとリオンを見ていると、ルーティーが「、気持ち悪いわよその顔」と横で釘差して、慌てては表情を引き締める。
「フィリア・フィリスと申します」
「と申します。よろしく」
ペコリと頭を下げていると、「さっさと行くぞ!」というリオンの激が飛ぶ。
ぎゃ、と飛び上がったが「は、はいー!」と言って慌ててその後に続こうとすると、その腕を引っ張って引きとめたルーティーはにやにやと笑った。
「何があったか知らないけど、
アンタ、随分気に入られたみたいじゃない。
何したの?ン?何したの?」
興味深々なルーティーの顔。
しばし考え込んだが思いつくのは、たった一つ――「リオン様の背中踏んで飛びました」
そう言った瞬間、ルーティーとスタンまでもがブ、と噴き出し、マリーに至っては清々しいほどの大笑いを響かせた。
「あはは!あの坊ちゃんを足下に!?」
「なかなかやるじゃないか!!」
「俺も見たかったなぁ〜」
神殿が割れんほどの大爆笑をする面々を見て、はハ!と肩を揺らす。
「まさか…それでコキつかわれるフラグが立ったんじゃ…!?仕返しかッ」
「あっはっはっは!」
「さっさと来い!」
「は、はい〜」
「あっはっはっは!」
その後笑い続けるルーティーたちにブチ切れたリオンがついに電流をお見舞いし、神殿は一層の騒ぎになった。いやはや…とは申し訳なく思ってしまう。
(なんか、でもちょっと楽しいかも…)
と思ってしまったなんて、内緒だけれど

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