大慌てで返ったせいか、行きよりも少しだけ短い時間で(しかしフィリアは旅がはじめてだから、あまりガツガツは引っ張れず本当に微妙な時間差なのだが)
ダリルシェイドへ帰って来たメンバーが港へ行くと、案の定、ちょうど船は出港した後だった。
リオンの勘も当たっていて、どうやら大きな荷物を乗せたらしい。
行き違いかぁ、とスタンが呟くと、リオンは「王とヒューゴ様に事情を説明に行ってくる」といって、
港にたちを置いて去っていってしまった。
ほんの三十分ほどで帰ってきたリオンは、どうやら船の調達ができたらしい。
ただ、船を持ってくるのに少なくとも半日はかかると言うこと。
結局、旅の疲れを落とす意もかねて、今日はダリルシェイドで休む事になった。
スタンたちは宿屋へ、休む場所があるリオンとは当然お屋敷だ。
途中で彼らと別れたは(当然リオンと仲良く帰るはずもなく、おいて行かれた)、帰るついでに武器屋へ寄って弾の補充をしてもらう事にした。
あれから数日しか経ってないというのに、オヤジはバッチリと弾を入荷しておいてくれ、
興味深々な彼にあれだのこれだのと銃の使い心地や日本刀の斬り心地などを報告したあと、は食材や等に寄り道してお屋敷へかえった。
リオンはいない。
「部下のわたしはお屋敷で休んでていいのでしょうか?」
とマリアンに尋ねてみたところ
「いいんじゃないかしら?リオン坊ちゃんの好意に甘えて休んだら?」と優しい声をかけて貰った。うーんいい人。
ではお言葉に甘えて、と部屋へ戻ろうとしただが、ふと思いついたように足を止めると、マリアンに首を巡らせる。
「あの…」
「何?」
「え、っと…」
「ん?」
「誰かを好きになるのって、素敵な事ですよね」
何気なくいったの言葉に、マリアンは一瞬瞳を開いたものの、それ以上動じる態を見せず、丁寧に「そうね」と相槌を打った。
「ましてや、命を賭けたいほど好きだって思える人に出会える人生って、あんまりないと思うんですよ。
何となくしかわからないんですけど…でも、心から本当にそう思います」
今から長旅になる。
たぶん、マリアンに会う機会はあまりないだろう。
だからこそ
「マリアンさんも、リオンも、それぞれ自分の大切な人に命を賭けようとしてるんですよね。命を賭ける意味は二人とも、少しづつ違うけど…でも、それくらい大切な人がいる。
それって素敵な事だと思います!
でもマリアンさん、
マリアンさんは、わたしよりずっと出来た人だし。優しいし、気がきくし…だから、こんなこと言うのって本当に差しでがましいけど…
分かってると思うんです
賭けるのは、自分の命だけにしなくちゃダメですよ」
マリアンが息をのむのが聞こえた気がした。
「リオンが勝手にしてる事だって言っちゃえば、それまでなんですけど。
可愛いじゃないですか。誰かを守るために必死で、でもちゃんと守る方法知らなくて、自分に出来ることをするしかないってどんどん自分追い詰めて…
……マリアンさんを、護ろうとしてる」
「あなた…」
「わたしもずっと、そう思って来たから。
生きて行くのが辛くて、でも生きて行かなくちゃいけなくて、苦しくて、しんどくて、気がついたら、崖っぷちに立ってる気分だった。
でも、自分の人生を変える人たちに会って、わたしすごく救われたんです。
はじめて自分が一人じゃないことに気がついた。妹がいて、母がいて。あてにならないけど、父がいて。自分が見てる世界がほんの一部分だったんだってはじめて知った。
崖の下は思ったよりも浅瀬で、その先にまだまだ広い世界が…ここよりも大きな世界があるんだって知って、感激しました。
さっさと飛び降りたほうが楽だった!って思っちゃうくらいに!
はじめて、生きてて良かったって涙が出たんです。
そうやって手に入れた今の人生が、わたし、とても大好きです。
わたしが守りたいのは、そんな世界。大切な人たちがいる自分の世界を――わたしは命を賭けて護りたいと思ってます。
でも、賭けるのはわたしの命ひとつで十分です。
だって、護りたいのはわたしの世界――自分が精一杯で手に入れて、力一杯で護ってるからこそ、意味がある世界ですもん。
他の誰かを犠牲にして成り立った世界は、もうわたしの世界じゃない。
だから、マリアンさん。
もっとちゃんと見てください。リオンの事。精一杯あなたを守ろうとしている人がいること。
だからといって、あなたがしようとしている事が間違った事だなんて思わない。それはそれ、これはこれでいいから、ちゃんとリオンの事、見てあげてください」
伝わるかな?上手く言えてるかな、途切れ途切れにいった後、は少し拳を握った。
「…本当に、差し出がましくてごめんなさい」
「ねえ、さん」
言い逃げのごとく颯爽と逃げ出そうとしただったのに(小心者)、思わぬマリアンに呼び止められ、は「はい!?」と裏返った声をあげた。あからさまに動揺している。
「リオン坊ちゃんと、わたしの…命を賭ける意味が違うって言ったわね、あなたはどう思うの?」
「わたしの…感じた事でいいんですか?」
「ええ。もちろん」
マリアンさんが笑う。
花がほころぶように笑う姿は本当に綺麗だ。男じゃなくても身惚れる。も小さく頬笑み返すと、口を開いた。
「マリアンさんは、命を賭けてつくそうとしているんじゃないでしょうか。例えそれがどんな結果になろうとも、自分の愛する人のために出来る事をしようと思ってる。
リオンはそんなあなたを――自分の命を捨ててでも、護ろうとしている。そう言う意味で、命を賭けてる」
「…じゃあ、あなたの命を賭けるは?」
「わたしは…生きようと思ってます」
「生きる?」
「わたしの人生を変えてくれた人たち。一時期は、そんな彼らに会いたくて…死のうかと思った事もあったんです。
でも、そうやって日数をこえて思ったのは、生きようって事でした。
わたしが大切に思ってる人なら、わたしが死んで会いに行ったって、絶対に受け入れてくれません。きっと逆に嫌われます。そんな人だから、わたしは救われたんです。
だから、そんな人たちに胸を張って誇れる人間になりたい。
誰かを想って、護って死ぬより。そんな人がいるからこそと人生を生きて行く事のほうが、よっぽど強いと思ったんです。
わたしは、そんな強い人間になりたい!
まだ、自分の手で守れるものなんてほんの一握りだけど、それを精一杯守っていきたい。護ってるよ!ちゃんと大事にしてるよ!って、胸を張っていたい。
だけど、自分が生きてなくちゃダメなんです。
だからわたしは、命を賭けて…大切な人たちを想って生きてく。そういう意味で、命を賭けてます。
そのためなら、どんな事にだって立ち向かう。絶対に…負けない!」
わたしは、
「わたしは、信じてます。
そう思って生きてる事が、彼らに届いている事。
いつかありがとうって、あなたたちを大切に思えて幸せですって言える日が来る事!きっと…会える。生きてれば、いつか…!会える。
その時に、胸を張ってイイ女オーラ出す事が当面の目標なんですよ!まだまだ遠いですけどね」
ふふ、と笑うと、マリアンさんは「生きることが、命を賭けること」と小さく呟いた。
「わたしの場合は、です。
誰が間違ってて、誰が正しいなんて答えはない事ですから。
ただ、わたしはリオンに伝えたいです、そーいう考え方もあるんですよって。
自分の命を捨ててマリアンさんを守る事が全てじゃない。生きてれば、きっと形勢逆転するチャンスはあるんです!
それをしっかり見極めてスマッシュですよ!」
「スマッシュ?」
「そう、スマッシュ」
振りまでして見せると(この世界にテニスがあるかは謎だが)、
うふふ、と今度こそマリアンさんが声を出して笑った。美人は笑うだけで迫力があるのだ。はアハハ、と後ろ頭を掻いて笑う。
「そのために、リオンは生きるべきです。きっと。
……と、いうわけで…わたしはそろそろ部屋に戻ります」
「あら、引きとめてゴメンなさいね」
「いえ!こちらこそ生意気言ってすいませんでした!」
ぺこりと頭を下げたが最後、脱兎のように駆けだして部屋へ逃げ込む。
そんな後ろ姿を見ていたマリアンが、「ですってよ、エミリオ」というと、の視界には入らなかった物陰から、仏頂面のリオンが出て来た。
「エミリオには…伝わった?」
「……特には」
「そう?わたしには伝わったわよ――なんとなく、だけど!
だから」
「……」
「だから、あなたもわたしも、もう少しゆっくり歩いてましょうか」
「………」
「ふふ」
【I stake my life on it】
「水買ってきましたー!」
ヒューゴがどこからか調達してきた船は昨日今日でよくこんな大層なものが用意できたなーと思えるほど大きな船で、
リアルに見上げたはポカンと口を開くばかりだった。
乗り込む際に人数分買って置いた水を、メンバーに手渡していく。
「あら、気がきくじゃない」
と受け取ったルーティーに、笑顔でお礼を言ってくれたスタンとマリー。フィリアはきょとんと瞬いた後、おずおずと頬を赤らめた。あーもう可愛いな!
そしてこの人
「リオン様、水どーぞ」
「…ああ」
船酔いが激しいのかと思いきや、それだけではないらしい。これは……
「三歩進んで二歩下がる状態か…!」
「何言ってるんだ?」
気がつかない間に背後に立っていたスタンの声に、は「うわ!?」と肩を揺らして驚いて、
「い、いや何でもない、独り言です。独り言…」
と額の冷や汗をぬぐったは、記憶を辿るように床に視線を走らせた。
思いつくことといえば昨日のマリアンに向けての啖呵だが…マリアンがリオンに言ったのかなー?とは首を傾げる。
ありえるよーな、ありえないよーな
「ま、それはそれでしょうがないかぁ」
考えたってしょうがない。
甲板に出ていっていたリオンが戻って来たのはそれから十分後の事で、その間スタンはフィリアとお話、マリーとルーティーは机の上で談笑。
はというと、窓の外から見える海を眺めていた。
そりゃーできるならだって甲板で海を眺めたいが、リオンがいる以上なんだか行くのもはばかられる。かえって地雷を踏みそうだ。
「うーみーは広いなおおきいなぁー」
「何その歌」
「童謡ですよ」
「へー、かわいい歌だなぁ…」
「スタンさんも歌います?うーみーは広いなおおきーいーなー。はい!」
「うーみーは広いなおおきーいーなー」
「そうですそうです」
「…何をやっている」
そこに不機嫌を絵に描いたようなリオン坊ちゃまが帰って来た。
腰元でシャルティエが『坊ちゃん連れて来たよー』と能天気な声をあげている。連れてくるにしろもうちょいタイミングとかあるだろ!
がピシと気持ち背筋を伸ばすと、一団は作戦会議をはじめた。
作戦内容は、四本目のソーディアン「クレメンテ」についてである。この海域の近くにクレメンテが沈んでいるらしい。
「せっかくだから、回収していくか」
「そーね………今度こそ売り飛ばせるかもだし……」
「が使えるかも知れないしな!」
マリーの無邪気な声に、が「わたしですか!?」と素っ頓狂な声をあげる。
「いやいや!わたしがソーディアンマスターなんてありえませんからッ」
「まあ、よく考えたらが選ばれる可能性だってあるのよね…」
「声が聞こえるんだもんな」
「いやいや!だってクレメンテのマスターはふぃ…」
思わず言葉を紡ぎそうになった口に、慌ててはパチンと両手で蓋をした――危ない、危ない!口を滑らす所だった…
「それに、わたしは自分の武器で間にあってますから!」
「その長剣にソーディアンもつけたら…笑えるわね」
ぷぷ、とルーティーがほくそ笑む。
まったくもう
肩をすくめたは「あ!」というと、リオンが口を開くより先に先手を打った。
「わたし、甲板行ってきます…!」
よし、これでリオンより先に、と思った所で、シャルティエが能天気に『ぼくも海みたーい』と声を上げた。
『坊ちゃん、行きましょうよ』
こんのKY!
ジロリととリオンに睨みつけられたシャルティエは見えない振りをしているのか、『坊ちゃんもいきましょーよ』とはやし立てる。
いまさらじゃあ止めますーというのもなんだかあからさまで変な話だし、がうーんと頭を悩ませていると、ただでさえ辛い船酔いに響いたのか、
リオンは腰元のシャルティエを抜き取ってに投げつけた。
「さっさと行って来い!」
そのまま二人して船室を追い出される。
「リオンが…シャルティエを手放した…」と呆気に取られるスタンをひと睨みで黙らせて、
リオンはドカリと椅子に腰かけると、いつもより青白い顔で唇を一文字に結んだ。かと思いきや水を喉に流しこむ――かなりの悪酔いだった。
「…どういう組み合わせよ、これ…」
シャルティエを手に船室を追い出されたが、ドアの前で呆然と立っていると、シャルティエは『せっかくだから腰にさしてみるー?』と緊張感のない声をあげた。
その声に乗せられてシャルティエを腰にさすと、なるほど、ルーティーがバカ笑いしそうな絵面になる。びみょー…
一方シャルティエはなかなかお気に召したようで、
『いーね!なかなかいい感じじゃない?』と嬉しそうに声を弾ませた。
「何…?シャルティエ、まさかこれがしたかったんですか…?」
正直センス疑うぜコノヤロー
そう言いたげにシャルティエを見たに、彼は『ま、海でも見ようよ』と甲板に促す。
仕方なしに甲板へ足を向けると、一歩出ればそこは大海原。どこまでも広がる景色には「うわー!」と感動の声をあげた。
『なになに、ってばまさか…海初めて?』
「違いますよ。でも、こっちの海を見たのははじめてです」
思わず答えて、はハッと唇を押さえる。
また失言してしまった、と内心冷や汗タラタラのとは対照的に、『そっかー、は出稼ぎだもんねー』とシャルティエはのんびり相槌を打った。
『坊ちゃんはの事認めてるよ』
「…はい?」
『結構頑張ってるなーって思ってるんじゃない?じゃなきゃ、いくら船酔いの悪酔いとはいえ、ぼくをに貸したりしないよ』
「シャルティエがうるさすぎたんじゃなくて?」
『ぼくがおしゃべりなのはいつもの事じゃーん』
ケラケラとシャルティエが笑う。
こういうシャルティエの明るい所は好きだなー
も釣られたように肩を揺らして笑うと、シャルティエは『坊ちゃんは優しいから』と、急に真面目な声音になった。
『が眠れなくて見張り番してた時も、いっつも起きてたしね』
「…そーなんですか」
それって信用がないわけじゃなくて?と聞きそうになったは、ン?と動きを止める。ちょっと待って今何て言った?
「シャルティエさん、あの時リオン様は起きないって…」
『起きないとはいったけど、寝てるとはいってないんだなぁコレが!』
声を出して笑うシャルティエのコアを、危うくは叩き割りそうになった。思い切り殺意がわいた。
がどす黒いバックを背負ってシャルティエを見ていると、彼は『が戦闘になれてないのも、坊ちゃんはアレで、気にしてたんだよ』とポツリ呟く。
「…それは……
わたしも、気付いてました。
だからあの時、スタンたちほっぽって扉吹き飛ばしてまで助けに来てくれたんですよね」
『そーそ。神殿壊すなんて、始末書とかでめんどくさいんだけどね』
「始末書書かされたんですかー」
『そうそう』
「分かりにくいようで、分かりやすくて、分かりにくいですよねー」
『ホントにねー』
ざざーんと音をたてて、波が船にブチ当たっては引いて行く。その音を遠くに、と(たぶん)シャルティエは空を見上げた。
カモメが一匹飛んでいく。
シャルティエがしばしの間をおいて、再び口を開いた。
『は坊ちゃんの味方なんでしょ』
「何がですか?」
『坊ちゃんも多分、なんとなく、それに気がついた。でも……認めるには、きっとまだ、時間はかかる。坊ちゃんにとって、認めたくない気持ちの方が大きいから』
「だから何が…」
そういおうとして、はハッと目を見開いた。
「もしかして、昨日の話…」
『丁度あの時、より先に帰って来た坊ちゃんはマリアンにデレデレしてたんですよー』
「え!?って事は…!」
『そう。その後が来たから、ぼっちゃんは慌てて物陰に隠れたってわけ!これがまーバッチリ聞こえちゃったんだね、とマリアンの話』
やっぱり二歩下がった原因は昨日にあったか!とは驚きにあんぐりと口を開けた。とはいえ、まさか聞かれているとは夢にも思わなかった。
『気配に関しては、坊ちゃんのほうが一枚上手だね』
「そうだったんですかぁ」
『部下としてはね、多分認めたと思うけど…。坊ちゃんなりに昨日の事を消化するのは、まだ時間かかるだろうと思うよ』
「まー…そうでしょうね。それにしても、変な聞かれ方しちゃったなー」
『ぼくはアレはアレでよかったと思うよ。あの方が坊ちゃんも素直に聞けただろうし、も色々考えなくて話せたでしょ?』
「シャルティエって…大人だね」
『いやいや褒めないで欲しいな!』
思い切り喜んでいるシャルティエは、両手さえあるものなら拍手をしていそうな勢いで、声を弾ませた。
『ぼくもね、坊ちゃんのためなら、命賭けてもいいと思ってるよ』
それは、
他のソーディアンを裏切ってでも、リオンについて行くと決めたシャルティエの覚悟で。
は「うん」と頷いて笑うと、笑った。
「誰かのためにそう思えるのは、素敵な事だね」
そういうと、シャルティエは『にはかなわないなー』と笑って、小さく呟く。
『なら、もしかしたら…本当の意味で、坊ちゃんの味方になれるんじゃないかって、思ったんだ』
「うん…ありがと。…まあ、出来ることを頑張るよ」
そのためにこの世界に来たんだもん、とは言えなかったが、
シャルティエの言葉がくすぐったくもなんだか嬉しくて、はすうっと息を吐くと、海に向かって声を上げた。
「うーみーは広いーな、おおきーいーなー!」
とりあえずまずは、海を楽しみますか!

|