「意外に人多いッスね」 揉みくちゃになるのを防ごうと、赤也が必死になって人波をかき分ける傍で、 幸村は真田に車椅子を押して貰いながら悠々と微笑んだ。 「どうやら芥川は他にも他校の生徒を呼んだみたいだね」 「え?」と言ったブン太が幸村の見ている先を見ると、そろいも揃った面々に「ゲ」と顔を歪める――千石まで居るじゃねぇか 氷帝は言わずもがな全員で、ジローは珍しく目を覚まして居る上に随分とテンションも高いようだ。 更に青学はリョーマと不二、山吹からは千石と壇、ルドルフは観月と裕太、六角は佐伯、そして立海大が五人の計20人。 口裏を合わせた訳でもないのに全員一個所に集合しており、 言わずもがな不二と観月の間にはブリザードが吹き荒れていて、裕太は随分と居心地が悪そうだ。 「僕、裕太は呼んだけど、君を呼んだ覚えはないよ」 「僕が休日どこで何をしようと、貴方に文句を言われる筋合いはありません。貴方こそ越前さん目当てで来られたのでは?」 観月の言葉にリョーマ、佐伯、跡部、そして幸村がぴくっと動き、視線を絡ませて暗黙のバトルコングが鳴った事にも気付かず、 赤也がのんきに「俺は目当てだから関係ないッスよね」と言うと、ブン太に千石、宍戸と岳人が赤也を横目で見た。 「でも、理事長直々に依頼だなんてすごいよね。他の生徒も注目してるみたいだし、俺楽しみだなぁ!」 場の空気の読めないジローが一人でわいわいと騒いでいる中で、 とりあえず敵の様子見と言った所か、各々あまり深い所には触れず、出てきた司会者に視線を移す。 「それでは、Gatherのお二方です!どうぞ!」 司会者の言葉と同時に幕が上がって、だんだんと見えてきた二人の姿に、一同は言葉を無くした。 「あいつ、ピアノなんだろ?って事は何だ、あのメッシュ入れたヤツがか!?」 「ちょ、丸井先輩声でかいッス!でも、似合ってるッスよ、ゴシックも違和感ないし・・・」 赤也とブン太の傍で、「越前さん、似合ってるね」と佐伯が言うと跡部は一歩先を行こうと鼻で笑う。 「俺様の帽子と眼鏡の見立てがよかったんだな」 「ホント、服がよく似合ってる。いつものシンプルな格好も良いけど、こう言うのを見るのも新鮮でいいね」 「精市!写真はやめろ!」 ポケットから幸村がインスタントカメラを出すのを見て、真田は必死に止めにかかり、 「何でだい?と可愛いの晴れ舞台じゃないか」と言うと、隣に居た跡部がふ、と笑って掲げた指を鳴らした。 刹那、体育館の至る所から黒服の男達が現れ、ビデオやカメラをステージに向ける。 それを見た幸村はカメラを直すと、跡部に「一時休戦と行こうじゃないか」と申し出、「焼き回しよろしく」と付け加えた。 インスタントカメラより跡部が持ち込んだ方が写りがいいに決まっている。 「あ、ズルイッスよ部長!」 「大丈夫、が映ってるのは丸井と赤也にあげるよ」 ふふ、と幸村が笑うのを見て、その他のメンバーは視線を逸らした――先を越されてしまった。 今さら申し出るのも何だか間がずれてるし、どうしようか、と言う雰囲気になった時、スピーカーからの声が響く。 「氷帝学園創立祭、おめでとうございます。 つたないながら、私達から歌を三曲送らせて頂きます」 ポロンとピアノがメロディーを紡ぎだし、が静かに瞳を伏せるのを、面々の瞳は映した。 誰もが皆ステージ上の二人に釘付けになり、歌とピアノの音だけが響く体育館。 はっと誰かが息を飲む音が聞こえてくるような気さえして、リョーマがポツリと呟くのが嫌に大きく聞こえた。 「これが、の歌・・・?」 「歌がすごいだけじゃない、のピアノが、上手くの声を包んでるんだ――まいったな」 幸村の言葉に、真田が視線を向けると、今にも痛みを堪えるように苦笑した幸村の顔が瞳に映る。 「どれだけ俺を夢中にさせたら気がすむんだ、君は」 歌が終わると、しんと体育館が静まりかえっているのが手に取るように分かった。 パチパチと拍手しだした不二を先頭に、 波が広がるように拍手が響き渡っていくのを見て、とはくすぐったそうに微笑むと、マイクとピアノに向き直る。 「二曲目」 「俺、さ」 千石の言葉に壇が首を巡らせ、反応こそ見せなかったもののブン太も横目で千石を一瞥した。 「ちゃんの事好きになってよかったって思う」 ――でもあの人、女の子大好きだし、あたしのことまともに見ちゃくれないから ブン太の脳裏に、どこか寂しそうな顔をしていたが浮かんで、たまたま聞こえた千石の言葉にブン太はぎゅっと拳を握る。 「バカ野郎。俺はとっくの昔に気付いてたっつーの」そう言ってやりたいのに、言葉が喉につっかえて出てこない。 千石はブン太が聞いていた事に気付いていたのか、真っ直ぐとブン太を見据えると言い切った。 「俺、今までフラフラしてたけど、ちゃんの笑顔の為ならちゃんと彼女を見るよ。 丸井君にも、他の誰にも・・・彼女の本当の笑顔は渡さない」 「越前さんの魅力はまさにこの事かも知れませんね。 僕たちにかける彼女の言葉は、一つ一つが生きていて、それで居て温かい」 後ろから押された佐伯は、どんどんと人が体育館に入ってくるのを見ると「すごい人だな」と苦笑いを零した。 「体育館の外で聞こえた人が入ってきてるんだろうね」 不二の言葉通り入り口から入ってくる人で溢れかえるばかりで、 真田は全身全霊で幸村の車椅子の場所を死守しており、人混みでボロボロになった姿は既に落ち武者だ。 幸村はそんな真田を気にもとめず「この人混みでちゃんと撮れるのかい?」と跡部に尋ねると、 彼は「抜かりはない」と言って、ニヤリと口端を持ち上げる。 再び跡部が指を鳴らした途端、二階に更に倍の数の男達がカメラとビデオを片手に現れた。 「それでは、私達のユニット名でもある“Gather”を最後の曲で歌います。 この曲は、私達が心から大好きな人たちが歌う歌です。 悲しい時、辛い時、この歌を聞いて泣きました。 明日がどんなに辛くても、いつか会える事を信じて生きていこうと思って聞いていました。 私達が生きて来れたのは、彼らと彼らの歌のおかげです。聞いて下さい」 「先の未来を知らない私達は、時に当たり前に来る明日さえ苦しくてたまらない事があります。 見えない未来は、怖くてたまりません。 明日と言う言葉が嫌いで、昨日の悩みを簡単に捨てる事なんて出来ないから引きずってしまうんです。 これを聞いたとき、ありきたりの言葉でも、本当に愛しい人たちが歌うとこんなに心が温かくなって救われるんだな、と涙が零れました。 前向きに生きるのって難しいです。みんなが生きてるからって同じように生きようと思っても、同じ生き方が出来る人なんていません。 色んな人が生きてる道の中で、時には人を傷つけても、ごめんと謝る暇さえなかったり 人ごみに流されて自分の行きたかった未来が見えなくなったり また時には歩みたかった夢を先越され、追い越されながら私達は生きています。 だけど苦しくても、辛くても、私達は会いたい人達が居るから今まで生きて来れた。 私達が会いたかった人たちは、別に私達に会うために生きてきたんじゃないですよね、ただ彼らの人生を生きてきただけです。 だからこそ言えます。 ただ貴方が生きてるだけでも、救われる人は居るんです もし自分が生きてる意味が分からなくても、未来が怖くても、ただ生きてるだけの貴方の存在に救われる人は居るはずです。 この氷帝学園で、そんな貴方の大切な一生の一コマが送れますように願いを込めて。 Gatherでした」 【彼女たちの歌】 「・・・跡部君、私言わないでって言ったよね」 フルフルと震えるの言葉に、跡部は「俺は言ってない」と言うと、顎で忍足を指す。 「俺はただ、あの足はちゃんやって言っただけやで、後はジローが喋ってん」 「え〜。俺は長太郎と日吉でしょ、それに丸井君と不二君にしか喋ってないよ」 の視線がブン太に行くと「俺は立海の五人にしか言ってないぜぃ」と両手を振って、 にこにこと笑っている不二をが横目で見ると「僕は裕太と佐伯に話したよ」とあっさり白状した。 不二ィィイ!と凄みをきかせて睨んだは、 「何?何か文句でもあるの?」と開き直った不二の言葉に脱力して首を振る――ありません。 そもそも口喧嘩で不二に勝てる訳がないから、と諦めたは、すべての元凶である忍足ににっこりと微笑んだ。 「忍足君、歯、食いしばってくださいね」 少し距離を取ったは、「は?」と言う忍足の声と共に、助走を始めると思い切り跳び蹴りを食らわせる。 パリンと言う音が忍足の眼鏡から聞こえて、 しゃがみ込んだ忍足は、蹴られた横っ面を抑えて眼鏡の変わり果てた姿を見ると「ギャァア!」と悲鳴を上げて岳人にすり寄る。 「が、岳人・・・眼鏡が壊れてしもうた・・・眼鏡が壊れたら明日も見えへん!」 「同感だな。俺も侑士との明日が見えねぇよ。つか、予備の伊達眼鏡いっぱい持ってんだろうが」 ま、そうなんやけどと言って忍足はどこからともなく取り出した眼鏡をかけると、ぽいっといとも簡単に眼鏡を捨てた。 「まぁ見られちゃったもんはしょうがないよね!気分変えてパーっと出店でも回ろうよ!さぁ財布カモン!」 「財布って・・・俺たちの事か?」 裕太の問いを「あったり前じゃん」で片づけたはウキウキとテンションを上げる――その格好で回る気か? は眼鏡と帽子を外せば普通の客に紛れるが、 の格好はどこに紛れたとしても浮くに決まっていて、この子と歩くのは勇気いるだろうなぁと思っただったのだが、勇者は居た。 「俺、今日財布に余裕あるぜぃ!」 「ちょ、丸井先輩抜け駆けはナシッスよ!、俺と回ろうぜ!」 「今日の俺はラッキーカラーを身につけてるからね、簡単には渡さないよお二人さん。って事でちゃん、俺と回らない?」 「あたしモテモテだねぇ」と本気か冗談か分からない言葉であっけらかんと笑ったは、 「うーん」と考えると口端を引っかけたように笑う。 「だったら、まず最初にあたしを捕まえた人が財布って事で!んじゃ!」 その格好で逃げる気ですか――ッ!?と言うのツッコミも間に合わず、は人混みの中に隠れてしまった。 確かにあの服装は目立つだろうが、この人の多さで見つけるのは至難の業だろう。 だけど、男陣には返ってそれが火を付けたようで、準備運動などをしている三人は明らかに本気モードに入っている。 「じゃ、誰が勝っても恨みっこナシと言う事で」 開始の合図もないのに一斉にかけだした三人は、が消えた方角に向かって走り去っていき、 その後ろ姿を「若いねぇ」と他人事で見ていたは、ふと視線を感じて首を巡らせた。 「じゃぁ、俺たちも向こうのルールに則ると言う事で」 佐伯の言葉に、リョーマが「別に構わないッスよ」と言うと、不二は「僕は抜けるから」と言ってスタスタと反対方向へ行ってしまう。 「俺は車椅子だから、代理を使っても構わないかな?」 「別にいいんじゃないですか?」と観月が同意を仰ぐと、反対する者は居ないようで、事は問題なしって待て! の心からの叫びも届かず、話しは勝手に進んでいき、跡部は踵を返して首だけを巡らせた。 「俺はまだ生徒会の仕事が残ってるんでな。勝負はまたの機会に預けさせて貰うぜ」 「その油断が命取りになるッスよ」 リョーマの言葉に、跡部は特に何も言わず樺地を引き連れて生徒会室へと戻ってしまい、 気が付くと岳人達や裕太が居なくなっていて、忍足はこの際どうでもいい(酷い)とは一歩づつ後退さる。 「私、一人で回るから・・・」 「じゃぁ俺たちは平等に合図を入れようか。よーい」 どん、と言う声をの悲鳴がかき消し、踵を返したは全力疾走で校舎を駆け抜けるハメになった。 さて、お嬢さん達の財布になるのは一体誰でしょう? +++++++++++++++++++++++++++++++ イメージ→加藤和樹さん 「Faith」 青酢 「Birthday〜歩き始めた日〜」 青と瓶と缶 「Gather」
注意)ここで分岐しておりますが、後の話しの流れでは別編の話題や物が登場する場合があります |